臥龍の眼 其の二
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
結城が養生していた部屋に、ここ数日間で多くの者が見舞いに訪れた。
殆どが興味心からであったが、話を交わすうちに心が通い合っていく。趙雲や関羽はもとより、不思議と孫乾・周倉など幅広い人脈に受けが良いようだ。
要は文官から武官など様々な者に親しまれる得意な性格だった。
腕を固定し、上着を羽織って外に出る。それを目敏く見つけたのは趙雲で、結城は懇願するように外に出たいと申し立てた。
「怪我をしているうちは寝るのが一番の妙薬です。」
「ん・・・っと、気分転換したいのです。だから少しだけ・・・・だめですか?」
「駄目と申されても・・・・拙者は・・・・・。」
趙雲は結城の言葉に戸惑った。そのような顔で言われてもと、困惑してしまう。
「何を赤くなっておられるのですかな趙将軍。」
「元直殿、いや・・・・拙者はっっ!」
趙雲の狼狽振りを見て徐庶は微笑む。
実の処、誰も相手する者が居なければ、自身がその役を引き受けようと思っていたからだ。
しかし結城は”女嫌い”で通っている趙雲すらも魅了したようだった。
自身も確実に惹かれている・・・・・ここ数日で、そう実感したのだ。
「甘夫人様、お待ちください!」
「ああ、私が・・・しっかりしなければ・・・・。」
この船には劉備の奥方も乗っているのか、奥から女官を従えてフラフラと歩んでくる。
その様子に趙雲も徐庶も眉を顰める。
「ああ、阿斗・・・。」
「お気を確かに甘夫人殿!」
その様子を見て結城は息を呑んだ。
― 錯乱している! ―
女官も趙雲達も抑えつけるような言葉で甘夫人を諌めている。
結城は咄嗟的に彼女を包み込んだ。男の格好をしている自分が劉備の夫人を抱きしめればどうなるか・・・・判らない結城ではなかった。
― このままじゃ・・・壊れちゃう・・・ ―
「ユウ殿、劉備様に対して・・・・やめられ・・・・。」
「黙ってて下さい!・・・・・大丈夫。平気です夫人・・・・誰も貴女から離れたりしない。」
「・・・・っう・・・ううっ!」
「誰も貴女を責めたりしない・・・・・。」
「責める?!」
「しーっ・・・・夫人・・・落ち着かれましたか?」
大人しくなった夫人の髪を撫でながら、結城は優しく囁く。現代で言う極限のパニック状態なのだ、これは落ち着くまで待つしかない。
「ああ、阿斗が・・・・。」
「あと?」
劉備の嫡子で甘夫人の子であると告げる徐庶。結城は温かい飲み物を女官に催促する。
「さ、これを飲んで・・・ゆっくり。」
徐々に落ちつく夫人を見ていた結城は、近くにいた女官に夫人を抱きしめているように言う。
「そ・・・そんな畏れ多い!」
「このまま、夫人の心が戻らない方が恐ろしいこと・・・責任は持ちます、だから彼女をお願い。」
「お心が?!」
「そう、それから私が戻ってくるまで原因となる話は避けて。貴女まで揺れないように、いいね?」
言葉尻が丁寧語でないのは、それだけ余裕がなくなっているのだろう。
そのまま年配の女官を連れて離れる。
歩きながら、彼女は阿斗様が乳を吐いて飲まないのだと言う。
「徐庶殿、阿斗様のお歳は?」
「昨年お生まれに・・・・しかし、そのような事になっていようとは・・・・・。」
騒ぎを聞きつけた孔明や劉備が駆けつける。
それ以上は結城には何も出来なかった。阿斗を見ようにも、劉備の許可が必要だ。
歯痒い思いに刈られながら彼を見る。
劉備はぐったりとした阿斗を抱き上げ、女官を怒った。その声に擦れた声で泣き出してしまう。まさに修羅場としか言いようが無い。
後方には曹操軍が戦の準備をしている最中なのだ。誰もが焦り、心を揺らしていた。
結城は孔明を見つめる。視線に気がついた彼は羽扇を揺らして少し考える。
「玄徳様、甘夫人付きの女官に訳を聞きましょう。ユウ殿、その間、阿斗様を頼みます。」
「畏まりました。」
劉備から泣きじゃくる阿斗を受け取り、結城は片腕で支えながら朴へ座る。次第に泣き止む声は穏やかな寝息へと変わった。
「なんと・・・・父である私でも泣いておったものを・・・・。」
「子は感性の塊です。周りの張り詰めた空気を敏感に感じ取っているのです。」
感嘆する劉備に結城は優しく声を発した。阿斗を見下ろし、その顔に頬を寄せて抱きしめる。
最早、結城が女子である事は明白。それでも全員動かない。幼子を見つめる母性に我を忘れて見惚けていた。
「孔明殿、阿斗様は乳を含まないそうです。他に与える事のできる方は?」
「此度の追撃で皆命を失っています。何か変わるものがあれば・・・・良いのですが。」
孔明の返答に結城は眼を瞑り、ゆっくりとそれらしき知識を探る。
「ここには・・・・山羊か牛は?」
「腹を壊してしまいます、ユウ殿っ!」
趙雲は慌てて叫んだ。確かに生の牛乳は良くない。
「趙雲将軍、確かに。でも、あげ方を変えれば そうでも無い・・・ですが。」
「え・・・?」
「孔明様、酢は?」
「判りました。貴方に任せましょう。」
孔明は酢と山羊の乳を持ってこさせた。不思議そうに見る中で、乳を温め沸騰寸前で酢を少し入れる。
「此れを冷まして、ゆっくりあげれば大丈夫でしょう・・・・さ、阿斗様・・・・」
匙で掬い、冷まして口元へ運ぶ。
眠っているはずの小さな口が、匙を咥えて流動食となった乳を流し込む。
「おお、阿斗・・・。」
「阿斗様は良いお子ですね・・・・さぁ、美味しいですよぉ・・・。」
傍から聞いていても赤面してしまうような、あやす言葉をかけては匙を運ぶ。女官に同じようにやれと指示をだす。
「赤ちゃんは誉めて、愛情を注ぐように。怒るのは善悪の判断が取れるようになってからです。」
「は・・・はい。」
「甘夫人が平静を取り戻されるまで、夫人付きの貴女方が頑張って下さい。」
「畏れ多い・・・・・・。」
「大丈夫。夫人は戻られますから。今は阿斗様を貴女達が支えて。それが今一番大切なこと。」
阿斗をあやしながら食事を与える女官達に含ませるように言う。彼女達は涙を溜めながら頷いた。
そんな結城の後姿を劉備は眩しい光を見るような顔で見ていた。
結城が劉備軍に来て、周囲から貴重な存在なのだと認めさせた事件であった。
ここまで読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。




