臥龍の眼 其の一
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
「おお、母上っ!」
「元直っ!」
筏から船に移った母親は船に息子の姿を見つけ大きな声で叫んでいた。その横には若い武将と厳つい武将が二人立っている。
「其方が軍師殿の申された曹軍の参謀か・・・・・」
「母上、お疲れでしょう・・・・さ、此方は玄徳様と義兄弟の関 雲長殿とご子息の関 子伯殿です。」
関雲長とは関羽のことで、子伯とは関平のことである。紹介しながら自分を奥へ進める息子を見て、母親は血相を変えて趙雲の元に走りよった。結城を抱きしめ、錯乱したように泣き叫ぶ。
「おお、元直・・・この方は全てを捨てて、見も知らぬこの私を助けて下さったのですよ・・・・それを!」
「母上、判っております・・・・ですが・・・・。」
「母御よ、策略ということもある。」
関羽は長い髭を手で梳きながら、母御をなだめた。
「子龍殿、貴方は司馬先生から何も聞いていないのですか?!」
「私が知り申しているのは、刀傷があることだけです。後はユウ殿が軍師殿と知り合いとのことだけ・・・・。」
母親は眩暈を起こした。先程の結城への応対でおかしいとは思ったのだ。
見れば、縄で傷を圧迫されている結城の顔は蒼白だ。母親は腹を据えた。
「元直殿、貴方は私を恩知らずにしたいのですか・・・・!」
「・・・・いえ、決してそのような・・・。」
「お前も子龍殿も気付いているのでしょう・・・・その方は、そのか弱い体で・・・・自害しようとした私を止めてくださった。」
「!!!」
「その刀傷は・・・・この母が付けてしまったものです。」
驚く息子達に今までの経緯を語る。結城が女である事だけを除いて・・・。
傷を負った状態で生きる事を諭し、逃げる手立てまで教授してくれたと。
その後、その体を引きずって井戸へ身投げしたように偽装までして、自分を守ってくれたのだと。
「この子は、腹を痛めて生んだ子供ならば、生きて死ぬ寸前まで息子の生き様を見届けよ、と諭してくれた。」
「なんと・・・・。」
「途方に暮れた私を、大切なのは今、何が出来るか?何をすべきかだと勇気付け、身に付けていた上着をくれた・・・・。」
「すまぬ・・・・母御殿・・・勘弁して貰えぬか・・・・拙者よう判った。」
関羽は呆然となった徐庶の肩を叩き、母に頭を下げた。趙雲は縄を解き、優しく抱き上げると作られた寝床に結城を寝かす。
乱世ではあらゆる画策が用いられ、疑心に取り付かれるものが多い。ましてや、曹操に追われている状況下では仕方のないことだった。
孔明の書簡にも、当方へ来られるならば覚悟されたしと書かれていたのだから。
「ん・・・・」
「ユウ殿っ!」
必死に意識を繋ぎとめる母の姿に、元直は深い絆を見た。信頼しきっている二人。
「孔明殿のところには医師もいます。母上・・・安心されよ。」
「おお、徐庶・・・この子を、助けてっ・・・・。」
― 徐庶?・・・・・ああ、母御様・・・・会えたんだ・・・・ ―
朦朧とした意識の中で結城は聞こえてきた単語から、会えたのだと理解した。
力なく震えて・・・瞼を開けようとする。朝日の眩しさに結城は小さく溜息と共に言葉を発した。
「良かった・・・・・」
「ユウ殿っ、気をしっかり持つのです。」
悲壮な顔をして必死に声をかける彼女に、結城は微笑んで手を伸ばす。
「大丈夫・・・私は死にません。母御様、御休みになって下さい・・・・お体がきつかったでしょう?」
「何を言いますか・・・・そなたこそっ!」
「何だか・・・お母さんみたい・・・・・。」
彼女に凭れるように眠った結城を見て徐庶は涙した。
母の命が救われただけでも嬉しいのだが、こうやって無防備に慕われているのを見れば、母を通して自分もどれほど結城に慕われているかが伺えた。
徐庶は自身の上着を脱いで結城にかける。母と目が合い、この方は生きる為に劉備様の元に来たのですと伝える。
それを見ていた関羽と関平・趙雲が涙ぐむ。自身の状況を省みず、相手を思いやる心を仁徳と受け取ったのだ。
「軍師殿、ユウ殿・・・・御連れ申した。」
「関将軍ご苦労でした。報告を玄徳様に。」
趙雲の腕に抱かれた結城を見て、孔明は一礼をする。彼らの雰囲気から関羽・関平・趙雲の三人が良き理解者になったのだと確信し微笑む。
関羽や張飛は人柄は良いのだが、外に向けての疑心が多い。故に関羽と彼の養子の関平を立会人として同行させた。
趙雲は確実に任務を遂行して人心を汲みとる才に長けている。
まず、徐庶と母御が説得すれば、予め渡しておいた知識を繋ぎ合わせて立ち回るだろう。
特に徐庶は、母を迎えに行く役を背負っているが、感情的にはならない。
寧ろ、母が居るからこそ冷静に三人の心理を分析して、全員が結城を迎え入れられるように操作していくことができる。
そこまで計算しての配役だった。
孔明は人の心の移り変わる様を客観的に見れる達人なのだ。そこに感情は、はさまない。
必要最小限度の配慮をしながら円滑に組織が回る術を心得ている所は、ある意味 仲達と類似していた。
「・・・・・ここ・・・は?」
「おお、気がつかれたかユウ殿よ。」
「・・・・?」
結城は慌てて掛けていた衣を引き寄せた。
直ぐ傍に見知らぬ男が覗き込んでいるのだ、慌てるのも無理は無い。
「ユウ殿、驚かなくても大丈夫です。此方が劉 玄徳様です。」
「あ、佐倉ユウと申します。」
「ここは漢水。これから船で夏口へ向かう。孔明よ、ユウ殿は長旅で疲れているようなので、後は頼んだ。」
「はい。」
「か・・・こう?」
「江陵への道は閉ざされました。恐らく曹軍が制圧しているでしょう。」
「制圧・・・。」
「河を下り、夏口へ向かうのです。」
― 長江って日本の方へ伸びているのよね。だとすれば・・・ ―
高校で習った世界史や世界地理を思い出しながら 予測で返答する。
「東・・・に向かうのですね。」
「そうです。貴殿はゆっくり休まれるように。」
「あの‥‥。」
「礼は要りません、私も元直も貴方に助けられたのだから。」
そう言うと、孔明は薬湯を運ばせて部屋を出て行った。
結城はそのまま懇々と三日間眠りつづけた。
臥龍の眼の始まりです。
ここまで読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。




