濃師 其の六
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
いつしか芽生えた孔明への淡い気持ちは、現代との違いによって苦しむ恋になった。
ドサッ‥‥
深々と積もった雪が枝から落ち、静寂が辺りを支配する。結城は吸い込まれそうな程大きく映った月を見上げて、小さく唇を噛み締めた。
「如何なされたユウ殿?」
「元直様、私の国にも、同じように月が大きく見えたのを思い出したのです」
「月‥‥ですか」
「今日あたりが満月ですか?」
結城の指した月を見て、徐庶は無言のままそれに魅入っていた。別段、綺麗だとか自然観照している訳ではない。
「月には色々と意味があるのを、濃師はご存知か?」
「黄殿?ええ‥‥少しは」
いつの間に話しに加わったのか、黄承彦が徐庶の隣に立つ。その視線は厳しさを含んだもので、出会った頃の彼を思い出させる。
「満月は満‥‥望と現す。お主、これから何を感じ取る?」
「ユウ殿、月の満ち欠けは物事の万事に通じます」
黄承彦が小難しく言ったのを、徐庶が噛み砕いたように伝える。彼の言った″万事″とは今在る状況だろう。
ここ数日、農民と交流を深めた結城は自分の知恵を授けると共に、彼らから戦況を聞いていた。
当然、呉の周瑜公瑾が毒矢で倒れたのも知っているのだが、何故か腑に落ちない。
頭の切れる彼が故意的に自分の容態を世間に公表するだろうか?否、相手に付け入る隙を与える事になる。これは何らかの目論見があるのだと。
「今はまるでこの月のようですね。全てが飽和状態で、私達も曹軍も周軍も満ちるのを待っている」
「ほぅ‥‥では濃師殿は月の何に孔明を見る?」
黄承彦は感心したように頷いて問い返してきた。流石に孔明の目論見までは考え付かない。
だが結城は"もし彼ならば″と思いを馳せてみる。
周瑜が噂を故意に流したのだとすれば、話は早い。呉軍が仕掛けているのだから。
「曹軍が都督の流した噂を本気にすれば、この月がまた同じ形になる頃には終わっている気がします」
「何と!言い方まで奴にそっくりになってきおって!」
孔明の舅は驚きつつも、その先を聞かない。これ以上聞いても、戦場は離れた場所にあるからだ。
結城が答えた、それが大切なのだと。
母屋に入っていく彼の後姿を見送って、徐庶は結城に歩み寄る。
「そのお考え、私にはお聞かせ頂けますかな?」
「元直様‥‥いえ、ただの直感なのです」
「感、ですかな?」
興味深そうな徐庶の問いに、曖昧な返事をする。結城自身、何がどうと分かっている訳ではなかった。ただ漠然と、彼ならばこのチャンスを見逃さないと。
「お二人の言葉を借りるなら、新月は混沌を指して物事の変動を示唆しますから」
「ふむ。貴女は本当に善い目を持っている」
「私も朔の夜に呉が仕掛け、孔明が計略を以って三城を手中に収めると思っていたのです」
「元直様、本当に?!」
驚きに目を丸くしながらも、徐庶を見つめる結城。
そんな結城の頭を愛おしそうに撫でながら、徐庶はこの娘に愛される孔明を苦々しく思った。
― 孔明、君がこの瞳を曇らすならば、私はいつでも連れ去るぞ ―
月夜に果て無き謀略と思惑が飛び交う‥‥。
十六夜よ、如何に見るか 人の興り
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。




