■■市の車窓から
■■市には、地域限定で放送されている〈■■市の車窓から〉というテレビ番組がある。内容はいたってシンプルで、ドライブレコーダーを搭載した車が■■市の道路をただ走るというものだ。
放送時間は1回約5分。特に目的地があるわけでもないため、ただただ街の風景が流れるだけ。そんな平凡な番組だったが、馴染みのある景色がテレビに映るのが嬉しいという声が多く、視聴率は安定して高かった。
そんな〈■■市の車窓から〉だが、この番組には不可解な噂があった。なんでも、“存在しない回”があるというのだ。
都市伝説めいた話ではあるが、■■市民の証言によれば、その回は多くの市民が確かに記憶しているにもかかわらず、放送記録が一切見つからないという。存在するはずの記録が、どこにも残っていないのだ。
その内容は異様を通り越して恐怖そのもので、誰が見ても明らかにおかしいと分かるものであった。
まず、番組の開始時点で画面が暗いのだ。これまでの放送はいつも日の出ている時間帯に収録されていたのだが、その回はまったく違っていた。画面には夜の闇が広がり、いつもは流れていたBGMも聞こえず、無音の中でただ車が走っているだけだった。
民家の灯りなどは一切なく、コンビニでさえも闇の一部と化しており、街灯と月明かりだけが微かに道路を照らしていた。
にもかかわらず、撮影車は無灯火で走り出した。
誰もいない真っ暗な道路を進んでいく。
3分ほど走ったところで突然、前方に若い男性が現れた。次の瞬間、車体が大きく揺れ、フロントガラスに蜘蛛の巣状のヒビが広がった。男は笑っていた。無理に作っているかのような、歪んだ笑顔だった。
しかし撮影者はそれを気に留める様子もなく、ガラスに男の崩れた笑顔を貼り付けたまま走り続けた。
信号を無視し、猛スピードで交差点を曲がり、(男を落とさないように?)速度を維持したまま1分ほど走り続けた。
そして、ある施設の敷地に入った。
公営の火葬場だった。
車は速度を落とすことなく建物のドアに突っ込み、男を振り落として炉の前で止まった。
窓からの月明かりだけが照らす闇の中に、十数名の男女がいた。全員が喪服を着ており、こちらを向いて笑っている。
1人の女性が倒れている男を指さすと、ゆっくりと口を動かした。
おめでとうございます。
善良な市民が複製されました。
そう言い終わった彼女の顔に先程までの笑みは一切残っておらず、完全な無表情となっていた。
その後、画面内の誰も動かない静止画のような映像が数秒流れ、放送は終了した。
ここまで詳細な情報があるにもかかわらず、先述の通り放送された記録は一切見つかっていない。
また、興味を持ったとある雑誌記者が■■市民を対象にアンケート調査を行ったところ、約3人に2人が「見たことがある」と回答した。詳細な振り分けは以下の通りである。




