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ショートショート集(1万字以下)

サンタクロースの弟子~ミニスカサンタがお手伝いのご褒美に貰ったものは~

作者: 今田ナイ

 ちょっと早いけど、今夜は女だらけのクリスマスパーティで盛り上がろうと言い出したのは、仲間内の誰だったのか。

 二学期最後のホームルームを終え、私は持ち帰る荷物で膨れ上がったスポーツバッグの隙間に、よれた通知表を滑り込ませた。私はとっさに首を振りながら、


「ダメっす。今日はちょっと野暮用が」

「またまたー、みっちゃんってば、いつの間に彼氏なんか作ったりしてんのー?」

「田中君と? ようやく告ったんだ? 片思い長かったねぇ」

「いやーん、みっちゃんえちえちぃ」


 矢継ぎ早の問いや野次を遮りつつ、


「みっ、みんな妄想先走り過ぎだからっ」


 ――私が、勝手に好きなだけだし。

 教室の向こうを盗み見ると、高二になってもまだ詰襟のだぶつく小柄な田中君が、背が高くて目付きの悪い実に対照的な友人と言葉を交している。こちらの騒ぎには気付いていないようで、私は胸を撫で下ろした。


「まさか、サンタと一緒にプレゼントを配る旅に出るつもりとか?」

「いやー、当たらずとも遠からずというか?」


 私はくだんの二人から目を逸らし、気合い一発でスポーツバッグを背負ってから肩を竦めて見せた。





 そして日は落ち、寒空に星が瞬き始める頃である。

 欅の枯葉舞う駅前広場の片隅には、半ば喧嘩腰で声を張り上げる私がいた。


「ケーキはいかがですかーっ! クリスマスケーキはいかがですかっ!」


 店の前に山と積まれた箱の隣で、私は悴んだ手にそっと白い息を吹き掛ける。

 これじゃまるで、マッチ売りの少女だ。若干()()()()()()()()というクレームは、断固拒否します。これでも現役JKですから!


 というか、この時期にこんな過酷なアルバイトを本人に無断で請け負うとは、いくら知り合いの店長に頼まれたからって、母さんアンタは鬼ですか。

 しかも、店長に渡されたド○キでも売ってないような安っぽいサンタスーツ、女子高生もびっくりな超ミニスカートなんだけど。はみ出した太ももなんか、えちえちどころか、痛々しくも血行不良で紫のマダラ模様になっている。かなりグロい。


 その店長といえば、温かな店内で鼻の下伸ばして他のアルバイトの女の子達と談笑中。人手が足りないんじゃなかったの、これって詐欺っぽくないですかぁ?


 不幸中の幸いは、この駅を使う同じ高校の生徒を見掛けないということだけ。

 改札から溢れる人波に喉も裂けよとばかりにアピールするけど、一瞥する人すらいやしない。それもそうだ、有名パティシエのケーキなんかをお取り寄せするのがいまどきだ。露天で販売する行為自体が、単にクリスマスムードを盛り上げるパフォーマンスの一環に過ぎないような気さえしてくる。


 さっきから震えが止まらない。声のトーンも落ちてきた。

 爪先が感覚を失った革靴で足踏みしながら、私は鼻を啜り上げる。

 あぅ、寒くて暗くて……視界が霞んでみえる。おばあちゃん、私もうすぐそっちへ行きます……って、まだ田舎で元気だけども。私の成人式まで頑張るって言ってた。頑張っておばあちゃん、私も頑張るから――





 いつの間にか、目の前にいた長細い影が、


「…………小杉みつ子?」


 怪訝そうな低い声を発した。目尻を拭いながら顔を上げると、見覚えのある三白眼が見下ろしている。


「す、鈴木君!? どっ、どうしたの、こんなところで!」


 どうもこうも、ケーキ屋の前に来たらケーキを買うに決まっている。一瞬テンパった私の前には愛しの田中君……の友人の、鈴木君が立っていたのだ。

 二人は見ている方が羨ましくなるほどの仲睦まじさで、田中君ばかり見ていた私には鈴木君も視覚的に馴染みがあった。いつも楽しそうに語り掛けているのは田中君の方で、鈴木君は”ああ”とか”そうだな”とか言うだけなのだ。シブい。


「小杉はバイトか」

「うっ、うん」


 ひょろりとした長身を黒のスェットに包んだ鈴木君は目のやり場に困ったような顔で、私のふとましい太ももからさりげなく目を逸らす。彼は極めて紳士的だった。

 ――こっちだって、死ぬほど恥ずかしいんだからねっ!

 横着にもポケットに両手を突っ込んだまま、三種類並んでいる中で一番大きな七号サイズのケーキを指差した。極力、手を出したくないらしい。わかるわかる。


「内税で三千八百円になります」


 五千円札を預かり、悴んだ手でレジを打った。

 というか、特に親しいわけじゃないのに、よく私の名前を知っていたなぁ。

 お釣りとケーキの箱を渡してそれで終りと思いきや、踵を返した鈴木君が急に振り返って、ポケットから何かを摘み出す。


「……やる」


 放り投げられ、慌ててキャッチ。表面の毛羽立った、明らかに使用済みの使い捨てカイロ。でも、よく揉み込まれていて、染み入るような暖かさだった。


「えっ、あっ、これっ?」


 口からありがとうが出る前に、鈴木君はケーキの箱を片手に大股で走っていってしまった。

 ――ああ、ケーキが飛び跳ねてる。これ、家に帰って開けたらお母さんに怒られちゃうパターンだ。

 後ろ姿を見送りながら、私はカイロをぎゅっと握り締める。

 耳も鼻も感覚がないけど、もうちょっと頑張れそう。

 だけど、年明けはどんな顔して鈴木君に会ったらいいんだろう。カイロのお礼とか言っちゃう? ……っと、今はサンタのお手伝いだ。私はテンションを上げて、


「いらっしゃいませーっ! クリスマスケーキはいかがですかーっ、めっちゃ美味しいですよーっ!」




 しん、と静まり返った夜空の彼方。トゥインクル、トゥインクル。

 家路を急ぐ人達が思わず振り返る大声が、星降る夜空へ吸い込まれていった。





――了――


お読み頂き、誠にありがとうございました。読了、おつかれさまです。(-人-)

多少なりとも面白い部分がありましたら、ブクマ評価等頂ければ大変励みになります。



※本作品は、拙作『中学生の時に火葬場で見初めてきた人外イケメンが、三年後に現れて私を地獄に連れて行きたいそうなのですが、家事育児が忙しいのでお断りします。(旧題:さよならのタイミング)』の番外編に相当しなくもないのですが、舞台と季節(クリスマス時期)が同じだけでジャンルと登場人物がまったく関係ありませんので、特に記載しませんでした(念のために追記致します)





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