邪神討伐
──それはまるで現実のようなゲーム〈異世界〉で――
――□△たちを戦場へといざなったボクは――
―─◆▼感で●まれていた――
ボクは今、とあるゲームの歴史的なクリア達成者になろうとしていた。
そのゲームとは、世界中で遊ばれているオンラインオープンワールドRPGゲーム『グロウワールド』だ。
このゲームはひと惑星分くらいありそうな広大なマップに、AI技術の恩恵なのかNPCが各々人間のようにふるまう魔法世界で、その圧倒的なリアル感をもつ非現実世界が世界中の人々を引き付けていた。
そのゲームのラスボス的な存在、『邪神グロウ』の初討伐者に僕がなろうとしている。
トップランカーになるには課金が前提のこのゲームで無課金のこのボクが、だ。
貧乏金無し、ゆえに課金なし。
ゲームをするに必要なものはすべて中古でそろえたこの悪条件。
当然ながらボクはランク付けではトップランカーなんかでは無い。
ただ、多くの人がランクを上げるのに夢中になっている中、ボクはラスボスを倒すために邁進し、操作技術を磨き、調べ、裏技も駆使し、人の助けもあってここまで来れた。
まあ、こうなったのもラスボス戦が面白くないうえにクソゲーすぎて挑戦する奴が少なかったのが原因なんだけどね。
クリアさせる気があるのか不明なほど複雑な構造で、初見殺しのトラップまであるクソラストダンジョン。
アホほど強い雑魚キャラがひしめくクソバトル。
そして、あらゆる手を駆使しして戦いプレイヤーのやる気を削ぐクソラスボス。
理不尽の三重苦で、多数の人々はまだ運営側がクリアを想定していないのだろうと考え、これからあるであろう大規模アップデートを待っていた状況だ。
それでも、世界中の人々が遊んでいるため数としては少ないとまでは言えない少数派が、生きた人間のようなNPCの邪神に虐げられた悲痛な声に応え、邪神討伐に熱意を上げていた。
そして、ボクもそんな人たちの一人だ。
━━ボクの正面にはボロボロの邪神グロウがいる━━
デカい祭壇のようなモノの上にいるビルほどはありそうな巨体、『邪神グロウ』は布のような触手を全身にまとい、目とも何かの感覚器官とも言えそうなモノを無数にもった異形の化け物だ。
元々は実態のない化け物だったが特殊アイテムのおかげで実態化したそいつは、その所業に相応しい嫌悪感をもたらす見た目をしていた。
体色は血のように赤いとも腐った肉のような灰色とも言えるような……言えないような奇妙さ、死を連想させる気持ちの悪い色をしている。
感覚器官のようなものは、規則性が有りそうで無さそうな配列で無数に並ぶ様は、蓮の花托のような集合体恐怖症をもたらすことは必至だ。
布のような触手は数が増えたり減ったり、そもそも無数に在りすぎて数すらわからない有様で混乱する。
―─奇抜さも売りとしたいゲームだとしてもやりすぎだ。吐き気がする。目が腐り落ちそうだ。なんで僕は、ゲームでこんな目に合ってるのやら――
「いい加減、もう終わりだよね…?」
ドキリとした。
現実世界で言われたような、そんなまるで生きた人間が発した疲れ切ったような絞り出した声が、後方から聞こえたからだ。
━━ボクの後ろには、精神的な疲労がうかがえる幾人もの仲間がいる━━
自慢の頼もしい仲間たちという名のNPCは、こんな魑魅魍魎の醜悪でどろどろの決戦場には不似合いな執事やメイドといった家事使用人のような服装をしていた。
この場に相応しくない、奇妙な装いにはれっきとした理由がある。
本来ならNPCと共に戦うことができないこのゲームだが、ある一定の条件を満たすと屋敷を持てNPCを家事使用人として雇うことができ、そこまでソロプレイで辿りついた者がいくつかの特定行為をするとNPCを戦闘メンバーとして登録できる裏技があった。
そう、家事使用人から戦闘員としての登用だからこんな格好をしているのであった。
そして、NPCはポイントを稼げないのでランク付けには意味をなさなかったが、戦闘員としてはPCより器用で強く、知識もあったのでこういったダンジョン攻略では頼もしい。
「ああ、いい加減終わらせよう! 皆、今こそ乾坤一擲! 力をふり絞り決着をつける時! 何、臆することはない! いつ何時でも、ボクが痛みや苦しみから全て守ってみせるから!」
そう僕が檄を飛ばすと、仲間たちは勇猛果敢に邪神グロウへ立ち向かっていくのだった。
しかしこのゲーム、NPCへ指示を出すのに音声でする必要があるのは未だに慣れないな。コントローラーを使わないのは、ゲームシステムとしては珍しいと思う。
そして、人間言語を完全に理解して行動できるAIというのもすごい。……いや、すごいというより不気味ですらある。
まるで、そこに人がいるようで……。
そんなことを思いつつも、ボクは傷ついた仲間を回復し、ときには防御魔法で守り、必死に戦う戦友たちを欠けさせることなくいつものように戦う。
世界のため、街のため、家族のため、そして自分のために戦うNPC達。
自分を厭うことなく、傷つくことにためらいもなくケンメイな人間のような彼らを見ていると、ボクも一歩一歩とこのゲームに邁進させられてしまう。
まったく、よくできたゲームだ。
━━そして、邪神グロウの悪逆非道の行いもいよいよ終幕を迎えようとしていた━━
邪神グロウは体中が砕け散りボロボロな姿で、ボクに隙をみせた。
「今ですぞ! お館さま!」
現実世界ではありえない、聞きなれたボクの呼び方。
今度はNPCから指示を出されるなんて、どっちがPCかわかったもんじゃないな。
しかし、その生きた期待に満ちた声音がボクに確かな前進を与えてくる。
それに後を押されるように、鞘に納められた片刃の柄に右手をかけた。
グロウとボクの遠い間合い。途方もなく長く思える距離だ。
とうてい、ここからでは届かない距離。まるで、こいつと人間の格差を表しているような。
しかし、剣を抜いた瞬間、グロウの眼前まで瞬間移動しこの世全てを切り裂かんとするような剣線とともに放たれた剣技は、邪悪なる神モドキを絶命させるのに確かな、破邪の断裂を与えた。
皆が必死になってグロウを削っている間に力を貯めた、乾坤一擲の一撃だ!
僕には、致命的で決定的だという手ごたえがあった。
「や……やった、やったわ!」
「おお! やりましたな、お館さま!」
「おおおおおおお!」
「しゃああああ! やったぜお館さま!」
「ようやっておくんなんした」
ボクの一撃を見た皆が勝ちを確信し、各々喜びの勝どきを上げていた。
生に伝わるその歓喜は、まるで現実世界のことのようにボクの思考にも届き、すべてを忘れその感激に酔いしれることを強要してくる。
けど、本当にそれでいいのか? ボクはその皆の姿を見て、嫌な予感がよぎったのだ。画面越しだからこそわかる不穏な空気。
皆、奇怪悪列な戦いに疲れていたのだろう。けど、邪神グロウの確実な絶命を確認するまえに気を抜くのは、油断に他ならないとカンが告げていた。
「みんな! 気を抜くのは────!」
刹那――邪神グロウは不吉で凶悪な力を解き放ち//
『永遠・現ノ常』
//圧倒的な衝撃と爆音がボクらを襲ってきた!
破滅的な衝撃と全てをかき消すかのような閃光は、絶望的なものだった。そう、まるで映像でみたことのあるような津波のような悲惨なものだ。
あっという間に飲み込まれ、全てを巻き込み何もかもを連れ去っていく。
そして、そのあとに残ったのは殺風景でボロボロになった敵地と僕だけだった。
…いや、そんなわけはない。
僕の頼もしい仲間たちが、そうやすやすと倒されるわけがない。
ガラリと、建物片が動いた音がした。
「お館さま! ご無事ですか!」
「申し訳ございません! 油断しておりました」
埋もれた建造物の瓦礫から出てきたのはNPCのリーダー格である通称『ホワイトナイト』と『ブラックナイト』の二人だ。
一瞥したところ二人とも無事のようだ。
僕がかけた絶対防御の魔法であの攻撃から防ぎきれていたようで良かった。
「大事はありません。反省の弁は全て終わってからで十分です。それよりも、現状の立て直しを急ぎます!
ホワイトナイトは仲間の救助と部隊の再編制。ブラックナイトはすぐに戦えるものを見繕い、私の後について来てください! 生き残っているかもしれない邪神を追撃します!」
「「はっ!」」
…とは言ったものの、邪神は先ほどの悪あがきで限界のはずだ。
それでも、油断ならないという予感がしていた。
――――いや、不吉な予感がしていた――――
仲間は大丈夫だろう。僕の魔法が間に合っていることは確認できた。
――――なぜなら、邪神の断末魔が聞こえた気がしたんだ――――
邪神グロウに致命傷を与えたという、手ごたえもあった。
――――お前も、道連れだと言う怨嗟が――――
しかし、僕の震えは止まらなかった。リアルの体の震えがだ。
――――ヘッドホン越しでは無く…
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅――――――――
現実世界で、強烈な殺意の怒号が聞こえた!
目の前には、部屋の一室ではありえないほどデカく、気持ち悪く、邪悪な姿かたちがいた。
それは、もはやボロクズになったと言っていい『邪神グロウ』だ――――!
またもや、邪神グロウは不吉で凶悪な力を解き放ち//
『刻刻の――――』
そして、僕が記憶として覚えているのはここまでだった。