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スキマダンジョン203号室  作者: 空谷あかり
9/9

本買います(スフインクス)

 マンション内エントランスの正面入口に石像が設置された話は聞いていなかった。こういうものが増える時はたいてい掲示板や回覧板でお知らせがまわってくる。だから僕は階段を下りて目の前に置かれたスフインクス像にちょっと腹を立てたのだった。

「邪魔だなあ。聞いてないよこんなの」

 すると台座に乗ったスフインクスの目が半分開いた。

「邪魔か、小僧」

 口も開いてスフインクスは僕にそう言った。

「ええ?」

 よく見るとスフインクスは全身ボロボロだった。細かいすり傷とドロ汚れがまんべんなくついていて、どこか解体現場からでも出てきたような感じである。

「えーと、異世界からきた方ですか」

 なんだか僕ももう慣れてしまって、こんな風に聞いてしまった。スフインクスは首を横に振る。

「いや、ずっとこの世界にいる。西のほうにある砂漠の神殿にいたのだが、爆破されてしまってな。ここが静養にちょうどいいと聞いてやってきた」

「爆破ですか」

「全く野蛮でかなわん。あやうくバラバラになるところだった」

 どこの砂漠なのか聞いてみたい気もしたがやめておいた。えらく話が長くなりそうな気がしたからだ。

「それにしてもここは静かで落ち着いていていいところだ。誰もナタや火薬を持ってやってこない。おかげでゆっくり休める」

「そうなんですか」

「ああ。話通りで助かった」

 このマンションは人間以外の住人にも寛容だと彼らの間でも評判らしい。思わず僕は尋ねてしまった。

「誰に聞いたんですか」

「ガーゴイルだ」

「……そうですか」

 もしガーゴイルの石像がマンション内に増えたらスフインクスの友達だろう。ただそうなるとエントランスが狭くて仕方がない。来てもいいができたら違う場所にしてほしかった。

「ところで小僧」

「なんでしょうか」

 人のことを小僧呼ばわりである。もっともこのスフインクスは数百年もこの世界に存在していそうだった。なので僕はそう言われても我慢することにした。

「何か本は持っていないか。動けないのでここにずっといるのも退屈なのだ」

「本ですか」

「ああ、何でもいい。手持ちの本は読んでしまった。何か新しいものはないか」

 台座の横には引き出しがついていて、スフインクスは僕にその引き出しを開けるように言った。重い石の取っ手を引くと、中からきっちりと並べられた古本が出てきた。

「『頭の体操』ってこれ、ネタ本ですか」

 左端には巻数が飛び飛びの『頭の体操』が数冊しまわれていた。スフインクスが答える。

「なぞなぞをしろと皆、うるさくてな。考えるのが面倒になってそれを使っている。便利な世の中になったものだ」

 その横には『戦闘妖精雪風・改』、さらに横には『ニューロマンサー』がある。何冊かのハードカバーの次にはクルマ雑誌がしまわれていた。

「SFなんて読まれるんですか」

「なかなか面白いぞ。しかし同じ本は飽きた」

 僕がそこから一冊を手に取るとスフインクスは言った。

「ただとは言わん。買ってきてくれれば金は払う」

 僕は少し考えて言ってみた。

「あの、僕の本と交換しませんか」

「どれだ」

「じゃ取ってきます」

 僕は部屋から数冊の本を持ってエントランスに戻った。スフインクスはあくびをしながらこっちを見ていた。

「これとこれはどうですか」

 僕が差し出したのは『歌う船』と『All You Need Is Kill』だった。なんでもいいとスフインクスは言うので、僕は雪風とニューロマンサーをその二冊と差し替えた。

「これで新しい本が読める」

 スフインクスは嬉しそうだった。そしてこんなことを言い出した。

「小僧。明日も本を持ってきてくれないか。もちろん金なら払うしさっきのように交換でもいい。とにかく退屈なのだ」

「いや、いいですけど。でも僕も毎日は無理ですよ」

「なんでだ」

 スフインクスは少し不機嫌になった。

 そこで僕は気がついた。どうも本音は退屈だから構ってくれということらしい。誰かとおしゃべりがしたいのだ。そして新しい本が欲しいというのも本当なのだろう。しかし僕もエントランスに毎日いつまでもいるわけにはいかない。

「あー、じゃこういうのはどうですか」

「なんだ」

 僕は引き出しを開けて中を見た。充分にまだ余裕があった。

「読み終わった本買います、って紙をここに張っておいたらどうですか。持ってきた人がいたらこの引き出しに入れてもらって少し払ったらいいですよ。百円、二百円でもけっこう集まると思いますよ」

「なるほど」

 スフインクスは機嫌を直したようだった。それにこれなら来た人と話もできる。退屈しのぎにちょうどいいのではないだろうか。

「賢いな小僧。見直したぞ」

「それはどうも」

 なんと答えていいのか分からなかったので僕はそう言った。

「では紙を貼っておいてくれ」

「えっ……」

 ぽん、と空中に紙とペン、それにテープが出現した。仕方なしに僕は文字を書き、台座とスフインクスの体にかかるあたりに紙を貼ろうとした。

「崩れるから体には貼るな」

「あ、すいません」

 テープが触ったあたりのボディが粉になった。そういや静養に来ているって話だったな、と僕は思い出し、台座にテープでぺたりと本買いますの紙を貼った。


 翌日、エントランスに来てみると引き出しにはもう五冊くらい新しい本が入っていた。スフインクスはうつらうつらしていて、僕が引き出しを開けた音で気がついた。

「小僧か」

「盛況みたいですね」

 スフインクスの顔が動いて、ちらっと後ろを向いた。その顔は満足そうだった。

「しばらくは退屈しないで済みそうだ」

「よかったです」

 そしてこんなことを言い出した。

「ところで小僧、その場にいながら出かけたように映像を見せるVRというものを聞いたのだが……」

「えっ?」

「知らんのか」

 知ってはいる。ゴーグルをつけて仮想空間を映し出し、その中で遊ぶというものだ。そしてこのスフインクスが食いつきそうなネタではあった。

「いや知ってますけど……」

 スフインクスは僕の話など聞いていなかった。

「知らんのなら教えてやろう。いいか、VRというのは……」

 SF好きのスフインクスにVRマシンの話をしたのは誰なのだろう。僕はそいつを呪いながらエントランスの真ん中で延々と続くスフインクスの話を聞いていた。

追記


もし気になる人がいた場合のために、出てきた本の著者と出版元を簡単にまとめました。

本当に有名どころばかりなので、探すにしてもそんなに難しくないと思います。


・雑学

頭の体操        多湖 輝 全23巻   光文社知恵の森文庫  光文社


・SF

戦闘妖精・雪風〈改〉  神林 長平      ハヤカワ文庫      早川書房

ニューロマンサー    ウィリアム・ギブスン ハヤカワ文庫SF   早川書房

歌う船         アン・マキャフリー  創元SF文庫      東京創元社

All You Need Is Kill    桜坂 洋      スーパーダッシュ文庫   集英社


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