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スキマダンジョン203号室  作者: 空谷あかり


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8/9

エレンさん

 三階に上がったら見慣れない人物がいた。

 その時僕はタッパーの入ったビニール袋を持っていて、そのタッパーには昨日作ったチキンサラダが詰められていた。タッパーは数日前にエンドウさんがかぼちゃの煮物を詰めてドアノブに下げていったものである。そんなわけで僕はお返しとしてチキンサラダを作り、それを持って三階まで上がってきたのだった。

「その、もし」

 その人物は僕に向かって話しかけてきた。見た感じ、二十代前半といった雰囲気の若い女性である。ストレートの金髪で長くしていて、頭の上でひとつにまとめてあった。そこに金属製の髪飾りがついていて、同じデザインの小さな甲冑を着込んでいた。腰には細い剣も差している。

「はい?」

 けっこうな美人なのだが着ているものがおかしい。そもそも今は寒い時期で、僕は長袖シャツの上に大き目のカーディガンを着ていた。それが彼女はお腹の見えるような小さくて短い金属製の衣装をつけている。ゲームでよく見るような格好で、言い方は悪いがいわゆるビキニアーマーとよばれるものだった。履いているのは細いロングブーツだったが、そこから見えるのはすらっとした生足である。

「ここはどこだ。ウラニタムナの洞窟にある扉を開けたのだが、まさかこんな場所に出るとは思わなかった。いったいどこなのだここは」

「ええと」

 とうとう異生物だけでなく人間も来るようになったらしい。どうやって説明しようか悩んでいると彼女は目の前で大きなくしゃみをした。

「……寒いですよね」

 よく見ると鳥肌が立っていた。僕は上に着ていたカーディガンを脱いで彼女に着せかけた。

「すまない」

 鼻が垂れてきそうだったので僕は急いでエンドウさんの部屋に行くことにした。ティッシュくらいはあるだろう。ピンポンしてすぐにエンドウさんはドアを開けた。

「あら彼女? じゃなさそうね。何、どうしたの」

「すいません。なんか他の世界から来たみたいなんですが、ちょっと寒いみたくて……何かありますか」

 エンドウさんは羽織っているカーディガンの下に見える彼女の格好を確認してアラすごいわね、と言った。

「これじゃ寒いわね。どこの人?」

「ソルターナ王国の辺境警備をしている王宮騎士のエレン・ハーヴァウルトと申す。ウラニタムナの扉からここに来た」

「そうなの。よく分からないけど」

 彼女のほうが寒くて震えているのを見て、エンドウさんはまあ上がって、と僕と甲冑姿の異世界人を部屋に上げてくれた。エンドウさんの部屋は暖房が効いていて暖かかった。

「なんでもいいけど寒いでしょう。これ貸してあげるわ」

 エンドウさんは長い厚地のスカートを持ってきた。かたじけない、と異世界人のエレンさんはそれを受け取ってビキニアーマーの上から履いた。

「まあ座って。ココア出してあげるから飲むといいわよ」

 エンドウさんの部屋にはこたつがあった。エンドウさんは人数分のココアを持ってきて、僕達はみんなしてこたつに入ってココアを飲んだ。

「あ、これ。かぼちゃありがとうございました」

 僕がタッパーを出すといいのに、とエンドウさんは言いながら受け取った。 

「ちゃんと作ってるの。えらいわねえ」

「嫌いじゃないので」

「あらそう」

 この頃やっとエレンさんは温まってきたらしく、ふう、と大きなため息をついて僕達のほうを見た。

「大変世話になった。礼を言う。ところでこの甘い飲み物はなんだ」

「ココアよ」

「……ココア」

 何ともいえない表情でこたつにあたりながら、エレンさんは空のカップを見てそれからエンドウさんを見た。

「お代わりあるわよ。いる?」

「……いる」

 そっけない返事とうらはらに、エレンさんはちょっと嬉しそうだった。おいしかったのだろう。エンドウさんが台所に立つのと入れ違いに、真っ白で長毛の飼い猫がこたつにやってきた。ペルシャ猫のミミちゃんである。

「ミミちゃん、お客さんよ」

「にゃーん」

 ミミちゃんはうさんくさそうに僕を見て、それからエレンさんのにおいを嗅いだ。

「にゃーん」

 あまったれた声でエレンさんに向かって鳴き、頭をこすりつける。エンドウさんがココアを持って戻ってきた。どうぞ、とエレンさんにお代わりを渡す。

「うにゃーん」

 ミミちゃんはそのままエレンさんの隣でごろごろ言っている。エレンさんはココアの入ったカップを持って困った顔でエンドウさんを見た。

「なでてあげて」

「そうか」

 その困った顔のままエレンさんはミミちゃんの頭をなでた。初めはおそるおそるだったがだんだんしっかりと触っていき、最後には両手で胴体まで撫で回していた。

「これは何だ」

「猫よ」

 さんざん撫でてもらい、満足したミミちゃんはどこかへ行ってしまった。エレンさんはほうっ、と息を吐いて言った。

「……可愛い」

「あらよかった」

 エンドウさんが笑う。

 そうこうしているうちに結構な時間がたってしまったので、いいかげん僕は帰ることにした。

「そろそろ僕、帰ります」

 エンドウさんに声をかけて立ち上がろうとすると、あ、とエレンさんが気づいた。

「すまない。上着を借りっぱなしだ」

「後で返してくれればいいですよ。その格好寒いでしょうし」

「いや」

 あわててエレンさんがカーディガンを脱ぎだしたのを見て、エンドウさんが部屋の奥から何か持ってきた。

「これ、あげるわ」

 見るとニットのロングワンピースだった。すぽんと上からかぶるやつだ。

「こんな若い子の服着ないし、それにちょっと大きいのよ。あなたならちょうどいいと思うわ。上に着て帰りなさい」

「すまない」

 エレンさんに似合いそうな色合いの服だった。僕はカーディガンを受け取るとそれじゃ、と言ってエンドウさんの部屋を出た。


 しばらくしてまた三階でエレンさんに会った。今度はしっかりとエンドウさんにもらったワンピースを着ていた。足は同じロングブーツだったが違和感はない。むしろ合わせたかのように似合っていた。

「こんにちは」

「ああ。この前は世話になった」

「いやいいですよ」

 エレンさんの背中から肩の上にひょこっと小動物が顔を出した。リスとウサギと猫を混ぜたような不思議な生き物で、可愛らしい顔をしていた。

「それは?」

 ああ、とエレンさんは照れくさそうにした。

「カルムだ。いや、エンドゥのところの猫がかわいくて、その、な」

 正確にはカルムではなくクルゥームみたいな発音だったが僕には聞き取れなかった。

「可愛いですね」

「いや、まあ、こういうのはあまり騎士団の連中は手元に置かないのだが、その、まあ、いいなあと思ってな。エンドゥにちょっと見せようと思って……」

「いいと思いますよ」

「……そうか」

 肩に小動物を乗せ、うきうきしつつもなんだか赤い顔をしてエレンさんはエンドウさんの部屋がある方へ向かった。僕は手に持った回覧板を置いてくるため、反対側へと歩いていった。

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