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スキマダンジョン203号室  作者: 空谷あかり
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マンドラゴラ花壇

 変な位置に軽トラが停まってるなと思ったら構内整備の業者が来ていた。今日は天気がいいのでスライムは出ない。なので僕はベランダに出て布団干しをしていた。掲示板に花壇の植え替えのお知らせがあったことを思い出し、僕はベランダからほぼ正面にある、あまり大きくはないが誰も構わないので草ぼうぼうの花壇を見た。

 作業着姿の二人の男が花壇の横で立ち話をしている。片方は年かさで五十代ぐらい、片方はまだ二十代半ばという感じだ。こういう作業に二人で来るなんて珍しいと思ったら、二十代の作業着に研修中の札がついていた。新人なのだろう。

 やがて二十代のほうがしゃがみこんで手前の草を引っ張った。彼らの後ろにはコンテナに入ったポット鉢も見える。花壇をきれいにしたらあれを植えていくのだ。菊のような葉をした小さい苗だった。

 引っ張られてすぽんと伸び放題の雑草が抜けた。抜けた草を持参した大きな袋に放り込む。意外と簡単だな、そんな感じで若い方が作業にかかったところに突然、すさまじい悲鳴が響いた。

「うわっ」

 抜いた草をあわてて地面に放り投げる。一見ニンジンのようだったが黒っぽく、根っこの部分が人の姿っぽい形をしていた。そこに顔がついており、その口が叫んでいた。

「なんだよこれ」

 しばらくしたら悲鳴は止まった。若い方がこわごわと上から覗き込む。年かさのほうもびっくりした顔をしていた。

(マンドラゴラか。嫌だなあ)

 布団を干しながら見ていたら意を決したようにもう一度、若い方が草を掴んで抜いた。今度はただの雑草だったらしく何も起きずに抜けた。続いて数本の草を抜き、気が緩みかけたところでまた悲鳴が上がった。

「カンベンして下さい」

 若い方はすっかり嫌になってしまったようだった。無理もない。年かさのほうは少し考えていたが、軽トラから草抜きの道具を取り出してきた。長い棒の先に引っ掛ける部分がついていて、それで地面をこじって草を抜いていく道具である。

「これを使ってみるべ」

 本来ならグラウンドのような硬い地面や、しっかり根が張って抜きづらい草を簡単に抜くための道具だ。それを伸びた草にセットし、ひょいと傾けて草を抜いた。

「ぎぇっ」

 小さい悲鳴が聞こえた。年かさの作業員は構うことなく草を抜いていく。

「いけるな」

 下が柔らかいのでするっと抜ける。そうやっている作業の合間に結構な頻度で「ぎゃっ」とか「うっ」とかいう声が聞こえてきたが、先ほどまでの耳をつんざく悲鳴ではなかった。どうやら抜ける時の摩擦で悲鳴が上がるらしい。若い方はその作業を眺めていたがやがてこう質問した。

「平気なんですか、こういうの」

 ああ、と年かさの作業員は答えた。

「ここは何度か来てるからな。まあ変なとこだ。お前、ここがスキマダンジョンって呼ばれてるの知らないんか」

 あー、と若い方が言った。

「噂は少し。思ったよりきつかったです」

「慣れだ、慣れ。慣れれば何でもねえ」

 そうこうしているうちに花壇は除草がされてきれいになった。

「じゃ、植えるべ」

 隙間の小さな草を若い方が手で抜いていく。年かさのほうは花壇を掘っていくつも穴を開け、そこへポット鉢から中身を抜いて植えていった。

「けえっ」

 聞き覚えのある声がしたと思ったらガルーダが空から舞い降りてきた。下を向いていた作業員達がそっちを見て唖然とする。さすがにガルーダまでいるとは思わなかったらしい。なんだありゃ、とか言っていたがガルーダが自分達に近寄ってきたのを見て、あわてて後ずさって離れた。

 ガルーダは積まれている草の山に近づき、それをつつきだした。ぎゃーぎゃーいう声が草の山から聞こえる。どうやらマンドラゴラをつついているようだった。やがてそのうちマンドラゴラのひとつを持ち出し、悲鳴をあげるのも構わず上を向いてかっかっ、と飲み込んだ。

「うわー」

 若い方が引きつった顔で言った。そんなことにはお構いなく、ガルーダは次々とマンドラゴラをつまみ上げては飲み込んでいる。そのたびにすさまじい悲鳴が上がっていた。上のほうにはもうないらしく、足を使って草の山を掻き回す。踏まれたっぽいぎょええええという声がした。

「アレ食えるんだな」

「俺はイヤです」

「けえっ、けええっ」

「ぐおーーぎょえーーーぎゃーーーー」

 その声を聞きつけて、小柄な老人がマンションの玄関から現れた。見ると手に何か持っている。ガルーダは草の山をつつくのをやめ、老人の方を向いた。なんともいえない悲鳴が止まる。この老人はマンションの住人なのだが名前が思い出せない。誰だっけと思いつつ僕は老人とガルーダを見ていた。

「コッコちゃん、おやつだぞ」

「けえっ」

 老人はガルーダに近づき、手に持った何かを差し出した。どうやら干し芋のようだ。けえけえ鳴きながらガルーダはその手をつついた。マンドラゴラよりはおいしいらしい。ひとつなくなるとまた次と、絶え間なく干し芋は出てくる。よく見ると老人は小脇に干し芋の大袋をかかえていた。

 やっと僕はこの老人が誰だか思い出した。五階に住むスズキさんちのおじいちゃんだ。徘徊というほどではないのだがその辺をよく歩き回っていて、時々家族の人が探していた。

「うまいか」

「けえっ」

「コッコちゃんかわいいな。いっぱい食え」

「けえっ」

 どうやらこの人がガルーダを餌付けしていたようだと僕は納得した。ガルーダは老人の手から変わらず干し芋を食べている。そして食べ終わると満足そうに羽ばたきをして上空に舞い上がり、そのままマンションの上のほうへ飛んでいった。もしかしたら屋上に巣があるのかもしれない。

「じいさんの鳥か」

 様子を見ていた年かさの作業員がたずねた。いいや、とスズキさんちのおじいちゃんは首を振った。

「しらん」

「え、でも名前呼んでましたよね」

 若い方が言った。ああ、とスズキさんちのおじいちゃんは言った。

「呼ぶと来る。俺の鳥じゃない」

「……そうなんですか」

「ああ」

「じいさんが飼ってるんじゃないのか」

 年かさのほうがさらに言うと、スズキさんちのおじいちゃんは全力で否定した。

「いや、しらん。俺の鳥じゃない。だいたいあんなの飼えん。うるさいしでかいしよう食うし、あんなん家に入れたらエイコさんに怒られるわ」

 エイコさんとはスズキさんちのお嫁さんのことだったと思う。この年寄りはよくエイコさんに探されていて、見つかるたびにぶつくさ言われて自宅に連れ戻されるのだ。

「違うんですか」

「そうだ」

 作業員達は顔を見合わせたが、もう何も気にしないことに決めたらしい。年かさのほうが言った。

「時間だし草を運ぶべ。んで、片付けしてしまいだ。午後もあるしな」

「はい。分かりました」

 年かさのほうが軽トラを動かし、花壇のすぐ近くまで荷台を持ってくる。それから二人して道具や抜いた草の山、それに空いたコンテナなどを積み込みだした。どうだろうと思ったがマンドラゴラはガルーダがほとんど食べてしまったらしく、袋に詰め込んでも草の山から悲鳴は聞こえてこなかった。

「忘れ物ないか」

「大丈夫です」

 確認をして若い方が助手席に乗り込む。そのすぐ後ろをふさふさした長毛の白猫がのんびりと歩いていった。

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