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スキマダンジョン203号室  作者: 空谷あかり
3/9

ガルーダカフェ

 自転車置場から自分の自転車を出し、前カゴにお茶のペットボトルを入れる。書類やパソコン類は背中に背負っているリュックに入っているので問題ない。僕は自転車に乗り、マンションの敷地を出て待ち合わせ場所の奥まった通りにあるカフェに向かった。今日は仕事の打ち合わせで荷物があるので背中が重い。それでも月一回のこれがないとウェブライターの僕は食べていけないのだ。

 カフェの前に自転車を停め、ペットボトルをリュックにしまって自転車にロックをかける。中に入って空いているテラス席に通してもらった。テラス席はテーブルが大きく午前中はだいたい空いているので、打ち合わせの時に天気がよければそこを使うようにしていた。目の前には小さいがきれいに手入れされた庭があり、見ているとなんとなく落ち着く。

 間もなく店員に案内されてスギタさんがやってきた。彼はネットメディアの編集長である。と言っても編集部には彼とあと二人しか人員はおらず、ほとんどの記事は僕のような外部ライターが書いている。本当は会わなくともオンライン通話で充分なのだが、お互いにうっかりすると一ヶ月ぶっ通しで部屋に篭りきりということになりかねないので、機会がある時はできるだけ会って話をするようにしていた。

「こんにちは」

「どうも」

 意味のない挨拶をし、スギタさんは正面の椅子に座った。僕はノートパソコンと数枚の紙を並べ、まだ何も頼んでなかったのでスギタさんと一緒にコーヒーを頼んだ。スギタさんはコーヒーのほかにここの自家製プリンを頼んでいた。彼のお気に入りである。ちょっとお高いのだがガラスの容器に入っていて、おいしいと評判もよかった。

「今度はこの記事をお願いしたいんですが」

「見せてもらっていいですか」

「どうぞ」

 スギタさんがパソコンを叩いて海外サイトを見せる。この英文サイトの記事を翻訳し、注釈をつけるのが僕の仕事だ。結構な量があるので画面をスクロールしつつどうするか考えていると、スギタさんが突然素っ頓狂な声を出した。

「あっあれ見てください」

「えっ」

 赤と金に光り、冠を被った巨大な鳥がテラス席の前にある庭に舞い降りてきた。脚の付け根は太く人間の太もものようだ。地面に降り立った状態で頭は僕達の上方にある。顔は鳥だったが猛禽の曲がったクチバシがあった。ガルーダだ。確かインドネシアかどっかの幻獣で、ついこの前は僕の部屋の窓の外を横切っていった。

 そいつは僕とスギタさんがテラス席にいるのを見て、歩いてこっちへ近づいてきた。えっ、うっ、とスギタさんが謎の声を上げる。混乱しているようだった。僕もまさかマンション外でこんなのを見るとは思わなかったので、ただそいつが近寄ってくるのを眺めていた。

「ガルーダですね」

 スギタさんが信じられないものを見る目で僕を見た。それからぎらぎら光るでかい鳥を見て、また僕を見た。

「……なんでそんな落ち着いてるんですか」

 置いてあったコーヒーが冷めかけているのに気づいて、僕はそれを飲んだ。なんと説明すればいいのだろう。

「よく見るんで。僕の住んでるマンションにいますよ」

 スギタさんはさらに混乱したようだった。

「は?」

「いやあの、スキマダンジョンって言われてるんですよ、僕の住んでるマンション。なんでか知りませんが半年くらい前からこういうのが出るんです。他にもスライムとかドラゴンとか、わけの分からない生き物がいっぱいいますよ」

 混乱に拍車をかけてしまったかもしれない。スギタさんはとても情けない顔になった。

「どういうことなんですか?」

「分かりません。でもうちのマンションの花壇をあさってたりしてますし。何かいるみたいです」

「……そうですか」

 そうこうしているうちにガルーダはテーブルのすぐそばまで来た。テーブルにあるプリンを見て、僕とスギタさんの顔を見る。ずいぶん人馴れしているようだった。

「けぇっ」

 ガルーダの鳴き声なんて初めて聞いた。スギタさんはドン引いている。ガルーダは僕とスギタさんの顔を交互に見てまたけえっと鳴いた。そしてテーブルのすぐ前でぴたっと止まった。

「なんか待ってますね」

「ええっ」

 ガルーダの頭は座っている僕達の上にある。巨大なぎらぎら光る鳥に見下ろされながら、僕達はその目線の先を見た。

「……もしかして、プリン、ですか」

 スギタさんがとても嫌そうに言った。

「多分。誰かくれたんでしょう」

 野生動物や幻獣にやたらと餌付けをしてはいけない。なぜならこういう目にあうからだ。スギタさんはしぶしぶ、といった感じでプリンをスプーンですくってテーブルのはじに置いた。

 はるか高所から冠のついた頭が降ってきてまた戻っていった。おかわり待ちである。しょうがなくてスギタさんはまたプリンを一匙分、テーブルのはじに置いた。それも一瞬でなくなる。こうやってガルーダはちょっとお高いプリンをほとんど食べて帰った。スギタさんは涙目だったように思う。

 底のほうに少しだけ残ったプリンを食べながら、スギタさんは「次は室内にしましょう」と言った。僕は誰が餌付けしたんだろうと思いながら「いいですよ」と言った。

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