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スキマダンジョン203号室  作者: 空谷あかり
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ドラゴンキッズ

 ドアを開けたら同じ階のハタさんがいた。

 ハタさんは部屋で大型犬を飼っていて、時々マンションの廊下で出会う。そんな時はいつも犬を連れていたからたぶん散歩に出かけるのだろう。しかし今日は違っていた。

「おはようございます」

「おはようございます」

 僕はというとゴミを出しに行くところだったので手に市指定の生ゴミ袋を持っていた。ハタさんは台車を押していて、そこには青緑のドラゴンが一匹、ちょこんと乗っかっていた。背丈は1メートルくらいだろうか。でっかい後ろ足と小さい前足、それにぶっとい尻尾と大きな翼があった。

「……なんですかそれ」

「ああ」

 ハタさんはちょっと困ったように笑った。ドラゴンは僕が持った生ゴミ袋のにおいをかぎ、いやそうに顔を背けた。臭かったのだろう。

「朝、玄関のところで物音がするから開けたんですよ。そしたらこれがいて」

「はあ」

 この建物はスキマダンジョンと呼ばれている。本当の名前は波佐間マンションであるが、ある日突然に、異世界というしかない場所と繋がってしまった。どこがどう繋がっているのか分からないのだが、とにかく時々変なものがその辺に散らかっている。そんな場所だ。

 住人も最初は困るだのなんだの言っていたのだが、思ったより快適だったのでやがて何も言わなくなった。異界過ぎて営業だの宗教の勧誘だのがこないのである。たまに来る点検だの工事だのの人達はかわいそうだが、その人達もだんだんと気にしないようになった。それなりに慣れるものらしい。

「どうしようかと思ったんですけど、子供みたいだしケガしてるっぽいんで病院に連れて行くことにしたんですよ。親もいないみたいで」

「そうですか」

 よく見ると右の後ろ足に血がにじんでいた。それで動けなくて台車に乗っていたのだ。

「ドラゴンを診てくれるところなんてあるんですか」

 僕は気になってたずねてみた。いくら何でもドラゴンを診られる病院など聞いたことがない。それが、とハタさんは言った。

「二つ先の駅前にエキゾチックを診てくれるところがあるでしょう」

「ああ、はい」

「そこに電話したら分からないけどとりあえず連れてきてくれって。おとなしくしてくれているといいんですけどね」

「火なんか吹かないといいですね」

「ほんとですよ」

 ハタさんはそう言い、ドラゴンを乗せた台車を押してエレベーターで降りていった。僕は階段で降りていき、そのすぐ横の小屋にあるゴミ捨て場に生ゴミ袋を放り投げた。その場所からはマンションの一階にあるコンビニが見える。コンビニ正面のガラスに大きめのスライムが二匹へばりついているのを見て、僕は嫌な予感がして急いで部屋に戻った。

「やっぱり」

 ベランダに面したガラス窓にでかいスライムがべったり張り付いていた。風呂場に置いてあるバケツに水を入れてベランダに出る。その水をスライムにばしゃばしゃかけると、やがてはがれて窓から滑り落ちてきた。ついでに窓ガラスも洗う。スライムの粘液でベタベタになるからだ。

 用意してあったチリトリでスライムをすくい、水の残ったバケツに入れる。それをベランダに設置されたスライムシューターに入れて流す。この設備はマンションにスライムが出るようになって、苦情を受けた管理会社が取り付けたものだ。二週間ほどの工事のあと、動作確認を兼ねて管理会社に頼まれたという工事人がきて説明を受けた。

 水が足りなくてひっかかっているのでもう一杯バケツに水を汲んで上から流す。これで終わりだ。

 スライムはマンションをぐるりと囲うように付けられたパイプの中を流れていった。行き先は建物横の空き地にあるコンクリートの防火槽である。たまに中に入りきらずに外に出てしまっていることもあるのだが、そんな時は植え込みに住み着いているカエルに似た大きい生物が処理しているようだった。夜、防火水槽のあたりを通りかかるとたまにべちゃべちゃいう音が聞こえるときがある。その生き物がスライムを食べているようなのだが、スライムを食べてくれる上に大きいだけで特に実害もなかったので、マンションの住人はほったらかしにしていた。

 窓掃除もしたのでけっこう時間がかかった。コーヒーと昼飯を買いに下のコンビニにいくことにする。ついでに銀行の残高も確認してこよう、そう思いながら外を歩いているとハタさんに会った。動物病院から帰ってきたらしい。ドラゴンの後ろ足には包帯が巻かれていて、前足にはペロペロキャンディがあった。

「あ、こんにちは」

「どうも」

「早かったですね」

 ドラゴンは長い舌を伸ばし、器用にキャンディをなめていた。時々ハタさんの顔をみてぴゃー、と鳴く。

「ドラゴンの幼生だって言われました。三ヶ月くらいかな、って」

「分かるものなんですね」

「前も診たことがあるそうです。住所を書いたらスキマダンジョンの方ですねって言われましたよ」

「あー」

 僕とハタさんは顔を見合わせてなんともいえない笑いを浮かべた。

「筋を痛めていて動かせないってことで固定してもらいました。また三日後に行かなくちゃですよ」

「大変ですね」

「ま、しょうがないですね」

 ぴゃーとドラゴンが鳴いた。

「そのキャンディ、どうしたんですか」

 あー、とハタさんは言った。

「通りすがりのおばあちゃんがくれたんですよ。いい子だねーって。渡しちゃったんでそのままですね」

 ハタさんは苦笑していた。あげていいのかどうかも分からないが取り上げられないのでそのままだろう。ドラゴンは上機嫌だ。ぴゃーぴゃー言いながらアメをなめている。

 じゃまた、そう言ってハタさんは台車を押してエレベーターに向かった。僕は午後の予定を考えながらコンビニの自動扉をくぐった。

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