約束のイルミネーション
この作品は、作者・藤乃 澄乃主催の『冬のキラキラ恋彩企画』参加作品です。
降りそそぐ太陽に白い粒が煌めいている。
さっきまで強く吹いていた風が、上空を覆っていた雲をどこかに追いやったのだろう。
名残を惜しむようにはらはらと舞い降りてくる結晶。
見上げれば青空に白が映える。
俺はきらきら光る氷の粒を、そっと手のひらで受け止めた。
一瞬で消えてゆくその儚さに、美しさと寂しさを感じる。
あの日と同じクリスマスがやってきた。
雪の結晶を受け止めた手を、ぎゅっと握りしめる。
子供の頃の俺は、よく泣いていた。転んだと言っては泣き、忘れ物をしたと言っては泣き。突然犬に吠えられて驚いては泣き……といった具合で。今考えるとそれほど怖かったり哀しかったのではなかったのかもしれない。ただ、俺が泣くと、いつも麻子が「大丈夫だよ」「心配いらないよ」「平気だよ」と、頭を撫でてくれるのが嬉しかった。そしていつも勇気づけられていた。
幼馴染みの麻子は、明るく面倒見が良く、太陽のような笑顔で周りを照らす。もちろんその美しい容姿は校内でも秀でており、何でもそつなく熟すため、一目置かれていた。しかしそれを鼻にかけることはなく、誰にでも優しい。キラキラ輝くその姿は、全校生徒の憧れの的。そんな麻子は俺の自慢だった。
彼女はよく笑い、元気だった。いつも俺の傍に来て、屈託のない真っ直ぐな瞳を向けて微笑んだ。俺たちは周りに冷やかされるほど仲が良く、何をするのも、どこへ行くのも一緒。
「水輝、一緒に帰ろ」
「水輝、遊ぼ」
「水輝……」
俺も『水輝』という名前だけは輝いているんだけどな。少し引っ込み思案なところがあり、自分でもそこは直したいと思っていた。
でも麻子は言う。
「水輝は無理して変わることないよ。今のままで」
「今のまま? でも……」
「ううん。今のままで、じゃなくて、今のままがいいよ。優しくって思いやりのある、今のままの水輝がいい」
その言葉が嬉しかった。
俺たちが数ヶ月後に中学への入学を控えた冬のある日。
「お父さんの仕事の都合で転校することになったの」
寂しげに目を細める麻子に、何と言葉をかけよう。
突然のことに驚く方が勝っていて、麻子にどう言葉を紡げばいいのか。
麻子と離れるなんて嫌だ!
これからも一緒に中学校に行って、高校生になって、大学へ行って。
それから、それから……。
ずっとずっと隣にいてくれるって言ったじゃないか!
15歳になったら、願いを叶えてくれるっていう“幸せのクリスマスツリー”を、一緒に見ようって約束したじゃないか!
本当はそう言いたかった。
言ったところでどうなることでもないのは解っていたけれど。
麻子が引っ越すなんて嫌だ!
「大丈夫だよ」
思わず口にした。
それはいつも麻子が俺に寄り添ってくれるときにかけてくれる言葉。
それはいつも励まされていた言葉。
麻子は僅かに口角を上げる。
いつもの溌剌とした麻子の笑顔が見たくて、俺は続けた。
「心配いらないよ。また会えるよ」
俺の言葉に麻子は微笑んだ。
その笑顔を見て安心した反面、寂しさが込み上げ、俺はうつむく。
「大丈夫?」
彼女は俺の顔をのぞき込み、心配そうに尋ねる。
「平気だよ」
俺は無理矢理笑ってみせた。
それから2日後。3学期から新しい学校に行くために、クリスマスの日に麻子は遠い街に引っ越して行った。
あの日。
「3年後の今日、クリスマスの日に、麻子が行きたいって言ってたツリーの前で待ってる!」
俺はまた彼女に会いたいと、気づけば車の中の彼女にそう口走っていた。
そんな願いが叶うはずもないとは思いつつも、どこかで期待していたのだろう。
麻子は手を振っていた。微笑みとともに。
父親の車で去って行く麻子を追いかけ、彼女の名前を呼びながら大きく手を振った。麻子も窓をあけ、手を振り返してくれる。
「麻子が来るまでずっと待ってるから!」
「水輝ー!」
麻子の声が遠ざかる。
彼女がうなずいたように見えたのは、気のせいだろうか。
だけど、俺は僅かな希望を、3年後のイルミネーションの光に託した。
次第に小さくなって、やがては見えなくなった車。
哀しみとともに切なさが押し寄せてくる。俺は涙がこぼれ落ちないように、顎を上げる。
降りそそぐ太陽に、どこからか飛んできた氷の結晶が煌めいて、透き通る青い空はどこまでも高かった。
あれから3年。
俺たちは中学3年生になっている。
子供の頃の3年ってとてつもなく先の話に思えたけど、過ぎてみればあっという間に感じる。
麻子がいなくなって、心にぽっかりと大きな穴があいたような日々が続いたが、それにもいつの間にか慣れてきて、自然に新しい友達と過ごすことが普通になっていった。
だけど心の奥底にしまっていた感情を、この時期のイルミネーションが思い起こさせる。いや、忘れたことなどない。むしろ心待ちにしていた。たとえ彼女があの日のことを忘れていたとしても。俺は約束を果たしたいとずっと思ってきた。
そして今日。
約束のクリスマスの日だ。
俺は今、麻子がずっと行きたがっていた、あの“幸せのクリスマスツリー”の前にいる。
オーナメントや電飾を纏い、煌びやかに輝く大きなもみの木。
麻子は覚えているだろうか。そしてここに現れるだろうか。
楽しみでありながらも、少し不安な気持ちを抑えて、ツリーの天辺の星をじっと見つめた。
降りそそぐ太陽に白い粒が煌めいている。
さっきまで強く吹いていた風が、上空を覆っていた雲をどこかに追いやったのだろう。
名残を惜しむようにはらはらと舞い降りてくる結晶。
見上げれば青空に白が映える。
俺はきらきら光る氷の粒を、そっと手のひらで受け止めた。
一瞬で消えてゆくその儚さに、美しさと寂しさを感じる。
あの日と同じクリスマスがやってきた。
雪の結晶を受け止めた手を、ぎゅっと握りしめる。
この約束の場所に来て、どのくらいの時間が経ったのだろう。
手はかじかんで、首筋が冷たく感じる。
ああ、やっぱり麻子は覚えてなかったんだな。
まあ、それもそうか。遠ざかる車に向かって叫んだ声なんて、麻子に聞こえている保証なんてないんだから。
でも、ここに来て麻子を待つということに、意味があった。
もう戻らない輝いた少年の日々。それらを美しい想い出として心にしまっておくために。
だから麻子が来なければ俺は……。
「はぁ~」
俺の隣でツリーを眺めていた女性が、白い息を吐き出した。
彼女も待ち合わせだろうか。もう随分待っているようだけど、一向に相手が現れないようだ。
同じような人もいるものだと、俺は彼女を見る。
「このツリー」
彼女はツリーを見上げて声を発する。
「え?」
俺が聞き返すと彼女は言った。
「ずっと見に来たかったんです。子供の頃から」
「実は俺も」
「綺麗ですよね」
「ええ」
こちらの方へ視線を移した彼女に、どこか懐かしさを憶える。
「水輝?」
そう言って微笑む姿は紛れもない。
「麻子!」
「やだ、水輝、めちゃくちゃ身長伸びてるから解んなかった」
ケラケラと笑う麻子。
「そういう麻子こそ、大人っぽくなってて解んなかったよ」
お互い、隣でツリーを見上げていたのに、気づかなかったなんて。
でも、確かにここに彼女はいる。
あの不確かな約束を覚えていてくれたんだ。そしてこうして会いに来てくれた。
「な、また会えるって言っただろ」
「そうね」
それから俺たちは会えなかった3年間の出来事をお互いに話しながら、少しの間ツリーを見上げていた。
街はすっかりイルミネーションに彩られて、その美しさを輝かせている。
「これからどうする?」
「おなかすいちゃった」
麻子らしいな。
完
幼馴染みとの淡い恋のはじまりと再会の物語、楽しんでいただけましたでしょうか。
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お読み下さりありがとうございました。