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放置

 乗っ取られたレッドの家に訪問客がやって来たのは、夜分遅くのことだった。

 その者は律儀に家の戸をノックした。ノックの音を聞いたレッドは対応に出たいと思ったのだけれど、鎖で柱に繋がれている為にどうしようもなかった。

 むろん金属の鎖など、魔法を使えば破壊することができる。ただ、そうするわけにはいかなかった。鎖で繋がれる間際、バストが「勝手に外したら、キンタマ二個とも握り潰すッスから」と脅してきた為である。それぐらいのことならば、バストは平気でやってのける恐れがある。

 もどかしく思っている間に、ノックの音は大きくなっていく。ガンガンと鳴り響く音を聞きながら、誰が何の為にやってきたのだろうとレッドは考えた。

「……………………」

 部屋にバストが入ってきて、無言で柱に繋がれていた鎖を外す。彼女は夕食の一件より、明らかに機嫌が悪かった。普段の快活さは鳴りを潜め、レッドのことを射殺すように見下ろしてくる。

 これまでのバストは怒りを爆発させるタイプだったので、静かになるというのは初めてのことだ。今の方が怒りが根深いのだと判断し、レッドは失言をしないよう気を引き締める。

 バストに鎖を引かれ、玄関前まで移動させられる。

 顎先で指示されるまま戸を開くと、そこには銀色の鎧に身を包んだ長身の女性が立っていた。鋭い目つきで裸のレッドと後方のバストを見てくる。

「無様だな。王国最強の魔導士と呼ばれた男が……」

 開口一番に侮蔑の言葉を送る彼女は、第三武装騎士隊隊長のチェロ。女性の身でありながら幾多もの武勲を立て、隊長の座についた強豪である。

 チェロとレッドの関係は、お世辞にも良好とはいえない。レッドにそのつもりはないのだけれど、チェロの方から敵視してきたのである。そもそも魔力を有さない武芸集団の武装騎士隊と魔導騎士隊とは、お互いにライバル視している節があった。

 チェロにおいても、ただライバル視してくるだけならばいいのだけれど。十五の若さで王国最強と謳われているレッドが、彼女にとっては何かと鼻につく存在のようだった。

 レッドは注意深くチェロの背後を窺う。護衛の騎士が数名侍っていた。全員がチェロ同様、装備に身を固めている。視界に入らないだけで、他にも騎士が待機しているかもしれない。

 助けてくれ。

 声には出さず、唇だけを動かしてレッドは呼びかけた。

 バストに魔法の通じないことはわかりきっているが、肉弾戦もが通じないとは思えない。バストの実力が一介のオークと同等とすれば、武装騎士が数人がかりで襲いかかれば撃破できるはずだった。

 しかしチェロはレッドの思惑に気づかないのか無視しているのか、視線をバストの方へ移す。長身のチェロよりも、バストの方が頭一つ分背が高い。

「知能を有し、人語を解するオークか。面妖な……」

「何の用ッスか?」

 バストの声は不機嫌なトーンのままだった。

 何を悠長に会話しているのだとレッドは思う。問答無用で切りかかってしまえばいいものを。

「貴様の目的は何だ?」

「目的? そんなのないッスよ。ただ平和に穏やかに、この街で暮らすことができればそれでいいッス。奴隷は貰うッスけどね」

「平穏な暮らしが、望みだと?」

「信じられないッスか?」

「貴様は我々の仲間に、一切の危害を加えなかったそうだな」

 僕は仲間じゃないのか。レッドは出かかった言葉を呑み込む。

「わかった。国王より伝達がある。貴様が王都の民を傷つけないと約束するのならば、その家を好きにしてくれてかまわない。我々も不干渉を約束しよう」

「なっ……!? 勝手なことを言うな! ここは僕の家だぞ!?」

 今度ばかりは黙っていることはできなかった。唾を飛ばして抗議するレッドに対して、チェロは冷めた視線を向ける。

「黙れ。貴様は王の決定に異を唱えるのか?」

「馬鹿な……! 国王様が僕を見捨てるなんて、そんなのあるわけない! これじゃあまるで、僕はモンスターの供物じゃないか!」

「その通りだ。貴様一人を贄に捧げることで民の安寧が守られるのならば、安い物だと王は判断された」

「そんな……。そんな、ことが……」

 全身から力が抜けていき、へなへなとその場に崩れ落ちる。それでも諦めきれず、「助けて……助けて……」とチェロにすがっていた。伸ばされた手を、チェロは冷たくあしらう。

「触るな、穢らわしい。魔物の奴隷風情が」

「魔物の、奴隷……?」

「見損なったぞ、レッド。そんな生き恥を曝してまで、生きていたいのか? もしも私が貴様の立場だったのならば、自ら命を絶っている」

「ふざけるな……! 知ったようなことを抜かすな……! 自殺しろだって? そんなの、簡単にできるわけが……!」

「いいか、レッド。貴様はもはや人間ではない」

 人間ではない。その言葉が、レッドの頭にずしりとのしかかってくる。

「貴様は卑しい魔物の奴隷だ。そのことをゆめゆめ忘れるなよ」

 言い捨てて、チェロはくるりと背を向ける。もはや話すことはないとばかりに、闇の方へと歩いていく。控えていた騎士達もよどみない足取りで、彼女に続いた。

「ま、待って……! 見捨てないでくれ!」

 慌てて立ち上がり駆け出そうとしたレッドだったが、鎖で繋がれている為にそれもかなわない。彼にできるのは、ただただ遠ざかっていく騎士達に呼びかけることのみだった。

「このオークには確かに魔法が効かない! で、でも! 物理攻撃ならば通用するはずだ! 武装騎士が大勢でかかれば……」

 そこまで言ったところで、ちらりとチェロはこちらを振り返った。その顔を見て、レッドは一切の助けを期待できないことを知る。

 チェロは妖しく笑っていた。彼女はレッドの失墜をほくそ笑んでいる。そのような相手に、助けを期待できるわけがない。

(本当に国王様は、僕を切り捨てたのか……? 魔導騎士隊の皆も、武装騎士隊の奴らも、僕を助けてはくれないのか……?)

 茫然自失とうな垂れるレッド。

「……嫌な女ッスね」

 そうしているとバストの呟く声が聞こえてきたが、放心状態の彼の耳には熱心に入らなかった。

 粗雑に床の上を引きずられ、元のように鎖の端を柱へと繋がれる。自身の首につけられた首輪が、これまで以上に重くレッドには感じられる。

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