自暴②
コリコリと弾力のある食感が口の中でした。その感触を味わった途端、全身にブワっと鳥肌が立つ。とても口に入れたままにはできず、ペッと異物を吐き出した。
「えっ……?」
バストが引きつった声を発する。無礼な行いに怒るというよりも、ショックを感じているといったような。
シチューの中に浮かぶ、茶と白の物体へ目を向ける。縦に半分割された、キノコだった。
「アタシの料理、まずかったッスか……?」
泣きそうな声でバストが聞いてくる。
「僕は、キノコが苦手なんだ」
「ただの、好き嫌いッスか?」
「好き嫌いといえば、好き嫌いだけど……」
「なんだ、それだけッスか……」
バストはほっと胸をなで下ろす。その目つきはすぐに厳しいものへと変わった。
「んー、よくないッスねぇ、好き嫌いは。出されたものは、残さず食べるのがマナーッスよ」
「待ってくれ。キノコだけは、キノコだけはダメなんだ……」
「何がダメなんすか?」
「見た目、舌触り、味、におい……」
「全部じゃないッスか」
「その通り。何もかもダメなんだ」
「食べるッスよ」
「食べられない……。お願いだ、許してくれ」
「ご主人様の作ったものが、食べられないッスか!?」
上機嫌だったバストだったけれども、たちまち不機嫌に変わる。しかし、いくら怒られようが叱られようが、食べられないものは食べられない。
バストは眦を吊り上げた状態で近づいてくる。口から吐き出したキノコをスプーンですくうと、「ほら!」と口元に近づけてきた。思わず顔を背けたところ、後頭部を鷲掴みにされる。
「食べないって言うんなら、このまま頭蓋骨を粉砕するッスよ!?」
あまりにも物騒な脅しだった。だが、実際にバストが実行するとは思えない。
……本当にそうだろうか? いくら心を持っているとはいえ、彼女がモンスターであることには変わりない。人間の命を一つ摘み取ることに、さして抵抗はないかもしれない。
気がつけばレッドは口を開いていた。キノコを目の前にして口を開くなど、自分ながらに信じられなかった。
すかさずバストはスプーンを突っ込んできた。キノコを残してスプーンを引き抜くと、そのまま掌で口を塞いでくる。絶対に吐き出させないというのが、無言の圧力で伝わってきた。
とにかくレッドは、飲み込んでしまおうと思った。吐き出すのも飲み込むのも、口の中からなくなるという点では大差ない。
判断してからは、すぐだった。ごくんという音を鳴らして、キノコは喉を通過していく。
確かに飲み込んだのを確認して、バストは掌を離した。たちまちレッドは荒々しく息をする。生きた心地がまるでしなかった。
「ひどい……。こんなの、いじめだ……」
「はぁ……?」
「食べられないと言っている相手に無理やり食べさせるなんて、いじめ以外の何物でもない……」
「……悪かったッスね! 食べられないもの作って!」
バストは半分ほど残っていたレッドの分のシチューを手に取ると、容器の縁に唇をつけ、ごきゅんごきゅんと飲み込んでいく。パンとチーズも瞬く間に平らげていった。最後とばかりに、コップの中のミルクを空にする。
「もう二度と、君なんかの為にご飯作らないッスから! 餓え死にすればいいッス! バカ! イジワル! 死ね!」
無理やりキノコを食べさせられたレッドの目には、涙が滲んでいた。涙で視界がかすむあまり、彼は気がつかなかった。
罵るバストの目にも同様に、涙が滲んでいることに。