痴態➂
「答えろ、魔物……」
危機を回避したストライブはいそいそとズボンを穿きながら、バストに問いかける。
「貴様の目的は、いったいなんだ……?」
「目的? 国王様にお会いしたいッスね」
「グラス様のお命が望みか?」
「はぁ? んなわけないじゃないッスか。ただ、挨拶したいだけッスよ。あと、奴隷の紹介もしたいッス」
「ふざけたことを……!」
「んー? 別に、ふざけてないッスけどぉ」
バストは口に指を当てて首を傾ける。
すでにレッドがバストに捕らえられてから、二十日余りが経過している。その間にレッドは、ある程度バストについて理解したつもりだった。
これまでにバストが悪事を働いたことは一度もない。………このように自分をぞんざいに扱っていることを除いては。
己に攻撃をした魔導騎士達は見逃し、ストライブへの危害は未遂に終わっている。
バストは残酷なモンスターでも、獰猛なモンスターでもないらしい。同族を手にかけることをためらわない人間が多く存在することを考慮すれば、彼女は非常に平和的で友好的だった。
それゆえレッドには、理解が及ばない。このような奴隷ごっこに、いったい何の意味があるのか。何の為にこのような姿を国王に見せるというのか。
徹底的に屈辱を与える為なのか。完膚なきまでプライドをへし折る為なのか。
「じゃ、今度こそ行くッスよ」
バストは粗雑に鎖を引っ張る。魔導騎士達は震えるばかりで、誰もバストを止められそうにない。
「嫌だ……! それだけは勘弁してくれ……!」
無駄とわかっていながら、レッドは身をよじる。この抵抗は、本当に無駄に終わった。
「お、おぉ……。こ、これは……。いったい、何が起こっているのだ……?」
彼の耳に聞こえてきたのは、しわがれた声。正門に目を向ければ、そこには国王グラス八世が自ら姿を現していた。年老いた王は皺の深い顔を動かし、魔導騎士達を一人一人見つめていく。最後にその顔は、レッドの方へ向けられた。
(終わった……)
レッドの全身から力が抜けていく。主君にだけはこのようなみっともない姿を見られたくなかった。主君に見られるというのは、彼にとって国民全員に痴態を曝すよりも残酷なことだった。
「あなたが国王様ッスか」
レッドの心などいざ知らず、バストは意気揚々とグラス八世へと近づいていく。
「お主は……オークなのか……? なぜ、人の言葉を……」
グラス八世は摩訶不思議な物へ向ける視線をもって、バストを観察する。
「んー、なんでッスかね? 自分でもよく、わかんないッス」
「我が国に、何の用だ? 仲間のオークを殺されたことへの、報復か?」
「仲間のオーク? そんなのアタシにはいないッスよ。アタシは一匹狼……じゃなくて、一匹オークッスからね」
「ならば、いったい……? 我が国の富を奪いに来たか?」
「違う違う。そんなんじゃないッス」
言いながらバストは、深々と頭を下げる。
「アタシ、今日からこの国の住人になるッスから。その挨拶をしに来たッス」
「は……?」
訝しげな声が国王の口からは漏れ出た。彼だけではなく、魔導騎士達も野次馬達も、一様にぽかんとする。
「ちなみに、この人の家に住むッス。アタシの奴隷の、レッドさんッス。魔導騎士は解雇ッスよ。クビッス、クビクビ。奴隷の物は当然、ご主人様のもんッスよね? ほら、奴隷。国王様に挨拶するッスよ」
首輪を引っ張られ、レッドは無理やりグラス八世の前に対面させられる。裸で王の前に姿を見せるなんて、生きた心地がしなかった。顔を上げることなど、とうていできない。
「挨拶するッスよ!」
バストが怒鳴る。しかたなくレッドは、俯いたまま「国王様、申しわけございません……」と口にする。
「そうじゃなくて、自己紹介するッス! 『魔導騎士改め、バスト様の奴隷のレッドです』って。ほらっ!」
「……………………」
「……言わないつもりッスか?」
「……………………」
「強情ッスね! このっ!」
直後、下腹部に鈍い痛みが走った。これまでに何度も睾丸を指で弾かれているが、それとは痛みの度合いがまるで違う。カクカクとした動作で首を動かしたところ、バストの右足が股間にめり込んでいるのが目に入った。
「あっ……」
叫び声をあげる暇もなかった。口から泡を吹き出しつつ、レッドは地に伏せる。生まれて以来最大の痛みに、気を失ってしまったのだ。
「……あれ? 気絶しちゃったッスか? こら、起きるッスよ! 気絶されちゃったら、誰がアタシを家まで案内するんスか!?」
バストにペチペチと頬をはたかれたところで、レッドが目を覚ますはずもなかった。