痴態
「はぁ……」
コンタクト王国、王都レンズ。
その中心にそびえ立つルーペ城の執政室にて、国王グラス八世は憂慮のため息を吐き出していた。
憂鬱の原因はわかりきっている。オークの討伐任務に向かわせた魔導騎士レッドが帰還しないことにある。
すでに出発から一月近くが経過している。いくらなんでも遅すぎた。レッドの身に何かあったとしか思えない。
レッドは類いまれなる魔力を有した魔導士だった。
それもそのはず、彼の父は叡智の降霊術師と世に謳われた魔導士ランドで、母は未来視の聖女と世に謳われた魔導士シーである。
高名な魔導士二人の血を受け継いだ彼が、優れた才を発揮しないわけがない。
十二歳という若さで王宮直属の魔導騎士となったレッドは、三年の間に八面六臂の活躍を見せている。人当たりもよく実直な彼は、国民からの信頼も厚い理想的な魔導騎士だったのだが……。
「やはり一人で遠征に向かわせたのは、間違いだったか……」
執務室の窓から王都を見下ろしながら、グラス八世は何度目ともわからないため息を吐き出した。
単独で任務に当たると言い出したのは、レッド当人だった。オークの数十体程度、敵ではないと断言したのである。言葉そのものに偽りはないと判断したものの、単身で送り出すことには気が引けた。はたして敵が想定の通りという保証が、どこにもないからである。
魔導騎士の任務は多岐に渡る。モンスターの討伐もあれば、同じ人間のならず者を相手取らなければならない時もある。原因不明の疫病の調査もあれば、自然災害への対応もあった。
膨大な任務の多さに比べ魔導騎士が不足している現状、レッドの申し出はありがたいものだった。軽度の任務であれば、それに駆り出す者は少なければ少ないほど都合がいい。
しかし、いくらなんでも単独というのはやりすぎだった。ほんの数名でも同行者を与えるべきだった。魔導騎士の不足は、当然レッドも知っている。彼としては好意の申し出を、そのまま受け取るべきではなかったのだ。
オークの討伐、並びにレッド捜索の魔導騎士を後日派遣していた。レッドの足取りは襲撃を受けたシュリンプ村でプツリと途切れている。
村人達が言うには、確かにレッドらしき魔導騎士が村を訪れていた。彼は村人達の話を聞き、翌日早くにはオークの塒へと出発したそうなのだが……。その後どうなったのかが、まるでわからない。
村の北部のナゲット鉱山には、二つの坑道が存在する。オーク達が棲処にしているというのは、東にある第二採掘場だった。
魔導騎士達がそこへ赴くと、オークの群れは我が物顔で占拠していた。オークを殲滅した後、魔導騎士達は内部を隈なく探索したが、先に向かっているはずのレッドの姿はどこにもなかったという。
捜索についてはまるで成果を見せることなく、魔導騎士達は王国に帰還した。
レッドが返り討ちに遭ってしまった。状況は、そうとしか思えなかった。いかに優れた魔導士であろうとも、ほんのちょっとの失態が命取りに繋がる。
「レッドよ……。そなたの妹に、私はどのような顔をして謝ればいいというのか……」
あたかもその場にレッドがいるかのように、グラス八世は虚空に問いかける。
と、勢いよく執務室のドアが開かれた。大臣のピジョンが、どたどたと入り込んでくる。
「どうしたというのだ、ピジョン!」
ノックさえもなかったことを、いちいち咎め立てたりはしない。うろたえるピジョンの様子は、それだけで緊急の事態であることを教えてくれた。
「国王様、レッド殿が……レッド殿が戻られました!」
息急き切りながら、ピジョンは報告する。
「おお! レッドが!」
グラス八世の顔が相好を崩したのはほんの一瞬、すぐに怪訝なものに変わる。死んだと思われた英傑の帰還を知らせるにしては、明らかにピジョンの様子はおかしかった。
「大変なのです! 国王様!」
グラス八世は息を継ぐことができない。不安のあまり、声が喉から出なかった。ピジョンは顔面蒼白のまま、報告を続ける。
「レッド殿は、魔物に鎖で繋がれています!」