再会
レッドは廃坑道へと至る森の中を歩いていた。シュリンプ村がオークの群れに襲撃されたという報せが王都に届いたのは、五日前のこと。
レッドは荒れ果てたシュリンプ村で聞き込み調査を行い、オーク達が今は使われなくなった坑道に潜んでいるらしいという情報を得た。
オークは野蛮なモンスターだ。人間のように二本の足で歩行し、簡単な道具こそ用いはするけれども、知性は認められていない。対話はまったく不可能であり、オークの群れを一体残らず殲滅することがレッドに課せられた任務だった。
推定で三十体以上はいるであろうオークの討伐任務を、レッドは単独で引き受けた。世に謳われた魔導士を両親に持つレッドは、二人のいなくなった今、自他共に認める王国最強の魔導騎士だ。
いくら数が多いとはいえ、オーク程度のモンスターを一掃することは赤子の手をひねるようなものに思われた。
☆
ナゲット鉱山。かつて有用な鉱石が多く採掘されたこの場所は、資源の枯渇から手放されて数年が経過している。その間にモンスターが棲みついてしまったとしても、なんらおかしな話ではなかった。光の魔法で坑道内を照らしながら、レッドは奥へと進んでいく。
狭い通路にはコウモリやネズミといった小動物の姿こそ見受けられるけれど、巨体のモンスターは影も形もなかった。
やがてレッドは、鉱夫達が詰所として使用していたと思わしき小部屋へとたどり着いた。いまだにテーブルや椅子が置かれており、床にはイグサを編んで作られたマットが敷かれていた。
そのマットの上で、巨体の生きものが大きないびきをかきながら眠りほうけていた。
(こいつは……オークか?)
オークの容姿について一言で説明するならば、人間と豚を混ぜ合わせたような姿といったところだろうか。
肌の色が人間よりも灰色を帯びているものの、身体の輪郭はほとんど同様である。ただし、オークは人間よりもずっと体格が大きく、筋肉質で、豚のような垂れた耳と角と尾を持っている。
目の前の生きものは、レッドの知るオークそのものだった。垂れた耳と二本の短い角とカールした尾は明らかに人のものではない。
ところが、服を着ている。人間のように、コットンのシャツとズボンを着こなしている。簡素な衣装ではあるものの、オークが服をまとっているなんてレッドは見たことも聞いたこともない。知性を有さないオークには、石や丸太を原始的な武具として扱うのが関の山なのだから。
眠っているオークはメスだった。胸がスイカでも詰め込んでいるかのように膨らみ、シャツが今にもはち切れてしまいそうである。オレンジ色のボサボサした髪を腰の辺りまで伸ばしており、なかなかにかわいらしい見目をしている。
とはいえ、相手が獰猛なモンスターであることには変わりない。目の前のオークがシュリンプ村を襲撃した一員であるかはわからないが、この場で倒しておくのが吉だろう。
「悪く思わないでくれよ」
小声で呟き、魔法の準備に入る。風の魔法で、一瞬にして首を切断するつもりだった。無駄な苦しみを与えることなく、一撃で。
レッドの生み出した風はたちまち鋭利な刃となって、オークの首へと向かっていく。風の刃と侮ることなかれ、レッドの魔法は鋼であろうともたやすく断ち切ることができる。
だというのに。
「……え?」
オークのいびきは止まらない。頭部と胴体はいまだに繋がったままだった。
魔法の発動に失敗した? いや、そんなことがあるわけない。透明の太刀とはいえ、まっすぐ相手へと向かっていったはずだ。
戸惑いながらもレッドは風の魔法を唱え続ける。風の刃を浴びせること数度、ぴたりと小部屋に反響していたいびきが収まった。
オークを殺すことができたわけではない。閉じられていた二つの目蓋が見開かれ、血のように真っ赤な瞳がレッドのことを捉えていた。
「くっ……!」
呻きながらレッドは距離を取る。目を覚ましたとあっては、馬鹿力のオークの間近にいることはあまりにも危険だった。
もはや苦痛なく殺すなどと悠長なことは言っていられない。レッドは雷の魔法を唱える。モンスターを瞬時に感電死させるつもりだった。目の眩むような光を発しながら、稲妻はオークに命中する。
オークは夢でも見ているかのような、ぼんやりした顔つきをしていた。電撃に身を包まれたにもかかわらず身動き一つしなければ、叫び声もあげない。
彼女の身を包んだはずの電流は、溶けるかのように散ってしまう。灰色の身体には焦げ痕一つついていなかった。
「嘘だろ……」
悪い夢でも見ているかのような気分だった。雷に耐性を持つモンスターは存在するものの、オークはそれに含まれない。そもそも、生半可な耐性であれば貫通するほどに自身の魔法は強力なはずだった。
それとも目の前のオークは、お伽噺に出てくるセレーション……。
「へぇ、ずいぶんなご挨拶ッスね」
意地悪な声が聞こえ、思考は断ち切られる。
「いきなり攻撃してくるなんて、乱暴にもほどがあるッスよ」
思わずレッドは声の主を探す。探すまでもなかった。目の前のオークが声を発している。
「お前、しゃべれるのか……!?」
「んー? しゃべっちゃダメッスか?」
言いながらオークは立ち上がる。オークにしては小柄な方に思われるが、それでも遥か上から見下ろされる。身長一五〇センチのレッドから計算して、おおよそ二〇〇センチほどといったところか。背丈もさることながら逞しく引きしまった手足は、レッドを威圧するのに十分だった。
「ありえない。オークがしゃべるなんて……。お前本当に、オークなのか!?」
「ブヒヒ。何わかりきったこと聞いてんスか? アタシが人間に見えるッスか?」
オークは愉快そうに目を細める。こちらを値踏みするような目つきに、レッドは薄気味の悪ささえも覚えた。とにかく、このままではまずい。
「うおおおおおおぉぉっ!」
おたけびを発しながら、レッドは次々に魔法を発動していく。炎の魔法で火炎に包み、岩石の魔法で岩石をぶつけ、氷の魔法で氷漬けにした。
だが、どれも功を奏さない。火だるまにされようともオークは平然としており、岩石と衝突すれば砕けるのは片方だけだった。氷塊に関しては、火炎を包んだかのようにたちまち溶けてしまう。
即座にレッドは逃げ出していた。何が何だかわけがわからなかったが、このままでは勝ち目のないことだけは理解していた。相手が普通のオークでないことは、すでに明らかである。いったん身を引いて、作戦を練らなければならない。
「待つッスよ!」
激昂した声が背後から追いかけてくる。それと共に、ドシンドシンと坑道内を揺らす足音が。
背丈が開いているからには当然、足の長さにも差がある。あっけなくレッドは追いつかれ、その場に組み伏せられてしまう。巨体のオークに馬乗りになられると、まるで身動きが取れなかった。肺が圧迫されているらしく、呼吸が苦しくなる。レッドの短い黒髪が、オークの手に鷲掴みにされた。
「服が破けちゃったじゃないッスか! どうしてくれるんスか!? サイズの合うもの、なかなか見つからないんスよ!?」
「す、すまない……」
「すまないじゃないッスよ!」
オークはレッドから離れると、服の襟首を捕まえて持ち上げる。地面が足から離れていき、レッドは宙ぶらりんとなってしまう。
見ると、確かにオークの着ていたシャツは焼けてボロボロになっていた。豊かな二つの膨らみの先端に目がいってしまい、慌ててレッドは視線をそらす。
オークはレッドの身体を動かして、顔を覗き込んできた。青い瞳と赤い瞳が交差する。オークはニヤリと笑う。
「そんなにアタシの裸が見たかったんスか?」
「は……?」
「このヘンタイ! スケベ! エロガキ!」
「ち、違っ……」
弁明しようとするレッドだけれども、掴まれた襟首を勢いよく揺さぶられる為、ままならなかった。視界がめまぐるしく回転し、吐き気がこみ上げてくる。