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7、武士たち1

 月日は巡り、やがて十年あまりが過ぎました。

 人里離れた山小屋に暮らす二人は、すでに大人になっていました。

 名を忘れていた少女は、春に 鮮やかな赤い線を体に浮かべ川面かわもを跳ねる魚にちなんで、ハヤと名付けられました。緑ゆれる草原に頬を赤らませて跳ね回る姿は、その名に相応しいものでした。

 亡き父の面影を宿しながら精悍せいかん偉丈夫いじょうふと成長したキドの手には、サッダの弓がしっくりと馴染んでいました。その弓の腕前は、たまたま狩りの場に出くわした人の言葉を通して、広くあまたに知られていきました。


…木立の間を影のごとく走り、瞬きする間にも数本の矢を放ち…

…闇夜を渡るムササビの風音さえも聞き分けて射とめることができる云々…

 幾多の噂は、やがて都にいる城の主まで聞き及ぶこととなりました。しかし、二人の生活は以前のままでした。いつも一緒に深い森に出かけては、体の求めるままに駆け回っていたのです。


 雪が溶け始めた春の日の朝、二人の住む山の麓にザクザクと耳障りな足音が響きました。六人の男達が沢伝いに山を登ってきていました。皆、あつらえ向きの履き物をはき、派手な糸飾りがついた弓を背負っています。

 武士でした。帰る際の道標みちしるべでしょうか、木の幹になたで傷をつけながら進んでいます。


 キドとハヤは少し離れた木陰から様子をうかがっていました。山の獣たちが怒りっぽくなっていることを不思議に思って見にきたのです。

 先頭を歩く男は、時折、懐から地図が描かれた布を取り出しては、山道を確認しています。かなり回り道をしながらも、男達はついに二人の住む山小屋に辿り着きました。


「噂に聞く弓の名手、キド殿はここにおられると聞いた。弓の指南役として、そなたを城に召し抱えに参った」

 一人が戸を強く叩きながら言いました。

 武士達の用はハヤにあると思っていたキドは、ひとまず安心しました。しかし、名乗り出ることはせず、真意を確認するためにそのまま様子をうかがいました。


 男達はやがて小屋の前に丸くなって座り込みました。腰にぶら下げていた竹筒の栓を抜き、おそらくは酒でしょう、ちびちびと飲み始めました。昼前には火を起こしました。山の寒さに文句を言いながら竹筒を炎の横に置き、懐の小袋から肉のようなものを取り出して炙り始めました。

 芳ばしさと温もった酒の甘い香りが、森の奥へ漂っていきます。


「あの人たち、山中の熊を呼ぶつもりかしら」

 ハヤが囁きました。

「熊たちは冬の眠りから目覚めたばかりだ。何より腹を空かせている。大熊なら人だって襲うだろう」

 キドは後ろの暗い森を、ちらりと見ながらつぶやきました。


 武士達から聞かれる言葉は、各々の家の自慢や愚痴、それに小屋を留守にしているキドへの小言ばかり、ハヤの追っ手ではないことは確かでした。とはいえ、彼らとの関わりは持ちたくはありませんでした。もちろん、彼らが招こうとしている災いについてもです。

 しばらくして、男たちは呑気のんきにもうたたねを始めました。


「聞こえる?あの水が滴るような音」

「ああ、あいつらがやってきた。よだれを垂らしながら、こちらに近付いている」

 二人のいるブナの木から、三十間ばかり向こうに一匹の熊が現れました。灰褐色の毛に覆われた大熊です。そこここの木々の間にも、大柄な熊の影が動いています。

 大熊はいったん臭いを嗅ぐように伸びをすると、急に足早になり山小屋の方に向かいました。


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