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12、母なるものの温もり2


…少女の時、ハヤは住んでいた屋敷をいくさで焼かれ、母や家人とともに山に逃げ込んだのだそうです。ハヤたちは昼夜を問わず、道なき道を歩み続けましたが、執拗しつような追っ手から逃れることはできませんでした。最初に家人がとどまって母と子を逃がし、それでも追いつかれそうになり、母は「娘の命だけは」とハヤを先に行かせ、我が身をおとりにして立ったのです。


 ハヤはただ一人、吐く息さえ凍りつきそうな山の中をあてどなく歩きました。

 幸いにも雪が降り始め、追っ手の吹く呼子の音は聞こえなくなりました。しかし、過酷を極めた悲しみは心の芯にまで及び、その内にハヤは、それまでの生活も、自分が人であることも忘れてしまったのです。そしてついに力尽き、雪に身を横たえようとした時、金色の子鹿と出会ったのです。子鹿とハヤは互いに求め合いました。


『母と分かたれた者同士、どちらかが再び母の心に触れる時まで一緒にいましょう。ある時は鹿の身として、ある時は人の身として』

 そう約束を交わしました。


 やがて時は流れ、約束は果たされました。

 ハヤと体を一つとしていた鹿は、求めていた母の心を、その胸の深くに受けとめたのです。鹿は安らぎに満ちながら別れを告げ、遠ざかっていきました。


 少女の時と同じく一人身となったハヤでしたが、寂しくはありませんでした。自分に相応しい名を呼び続けてくれた人が、待っていてくれることを知っていたからです。


 母というものの温もりに満ちた世界で、凍りついていた人の心を溶かしながら、ゆっくりと前に歩きました。

 瞳を開けると、そこには自分を見つめるキドがいました。


「ハヤ、わしらが夫婦めおとになること、話したのを覚えているか」

「ええ、心の片隅で、あなたの声が優しく響いていました」

 ハヤはしとやかに頷き、キドの手を握り返しました。


 しばらくして、キドはハヤを連れて村に戻りました。

 たまに出くわした人の噂話だけを聞いていた村人達は、キドの成長ぶりを目の当たりにして、驚き喜びました。さらには女房として寄り添うハヤの美しさに目を奪われました。


 森の木々や獣の声に耳を傾けることを忘れず、人としてゆっくりと村に馴染んでいく二人の暮らしぶりは、やがて山里に生きる人々の見本となりました。



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