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1、キドとサッダ1

 昔、都より北東に下ること五十里あまり、深い山々に囲まれた小さな村に一人の男の子が生まれました。

「足に草鞋わらじを結ぶようになったら、ともに狩りに出かけようぞ」

 狩人である父は、はじける喜びに、赤子に小ぶりの弓を作って与えました。

 まだ目を開いたばかりの小さな命です。弓が何をする物かなど知るはずがありません。とはいえ、赤子は父の気持ちに応えるかのようにしっかりと弓を握り、その端を頬ばって強く吸いました。

「坊は、早から弓に生きようとしとる」

「まあ立派な狩人だこと。でも、今はこちら」

 父と微笑みをかわしながら、そっと弓を取り上げた母は、探し物をするような唇に自分の乳房をあてがいました。


 貧しい山里での暮らしのこと、母の乳は十分に足りることはありませんでした。

 ですが、優しく抱かれてあやされたり、心安らぐ子守歌を聞かされたり、赤子は、命の糧となるものを、朝な夕なにもらい受け、その瞳は喜ばしいものが周囲にあふれているように、いつも明るく見開かれていました。

 父母は、厳しい生活の最中さなかでも、瞳に光を宿し続けることを願い、赤子にキド(輝瞳)と名を付けました。


 愛に満ちた親子の絆は、日を重ねるごとにより太く豊かになっていきました。しかし、それは突然に断ち切られました。キドが六つ月になって間もなくの頃、疫病が村を襲い、ふた親ともにあの世に旅立ってしまったのです。荼毘だびの炎は、まだ座ることもできない子を残していく悲しみのように、一日中、燃え続けました。

 村おさに抱かれながら、キドはじっと炎を見つめていました。

 物事を知らぬというのは、時に救いとなると言われます。その言葉の通り、つぶらな瞳には悲しみの色は浮かんではおらず、天に昇る父母の厚い情に包まれているように穏やかさに満ちていました。


「誰か、赤子を引き取る者はおらぬか」

 疫病の嵐が収まった時、村おさは家々を回りました。しかし首を縦に振る者はいませんでした。沸き起こる哀れみの想いを胸の内に抑えながら、人々は言いました。

「病で働き手をなくしたうちらに、赤子を育てるゆとりはねえ。それは、あんた様とて同じだろう」

 村おさは、ただ頷くしかありませんでした。やむなくキドを衣に包み、父が作った弓と共に街道沿いのやしろの前に置きました。年に数えるほども通らない旅人に拾われる幸運に託したのです。


「どうか、神の御心みこころに導かれんことを」

 祈りながら、引かれる思いを断ち切り、村に帰っていきました。

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