微笑みを封じられた悪役令嬢と彼女の微笑みが見たい王太子、とうとうそれを諦めて愛らしい笑顔の彼女の妹を愛したので婚約破棄をしたいと申し出た時、悪役令嬢はとても嬉しそうに微笑んだ。
「もう耐えられない、君との婚約を破棄させてほしい」
「……」
「君はいつもだんまりだ、そして不機嫌そうだ。一度も笑顔を見たことがない」
「……そうですわね」
私は殿下をまっすぐにみて、そしてそうですわねとしか答えられない己を呪いました。
でもこれは約束であり契約、口にできません。
「微笑んでほしい、笑ってほしい、うれしそうなところを見たいといろいろな贈り物や、話をしてみたり、いろいろなところに連れていったが、君はちっとも嬉しそうじゃなかった」
「ええ……」
微笑みを見たいといわれても、私は笑えない。優しいその笑顔を見ても私は微笑むことができない。
「だからもう……婚約を解消させてくれ」
「はい」
私はこの後、殿下の「真実の恋」のお相手は笑顔がかわいい私の妹だということを聞きました。
どうしても……ダメだったかと思います。
口にできなければわかってもらえないのは確かなのに分の悪い賭けに私も出たものです。
前世からの愛なんて信じていた哀れな女の末路ですかね。
「……何か言いたいことは?」
「いいえ、もう賭けは終了しましたわ。何も言うことはありません」
「賭け?」
私が賭けといったとたん、周りが暗くなり、そしてその中から黒ずくめの男が一人歩いてきました。
突然現れた男を見て、驚く殿下。
「ナハトール、私はあなたとの賭けに今敗北しました」
「そうだね、前世からの愛なんて馬鹿ものを信じていた哀れなお嬢さん、チェックメイトだね」
「おい、この男はなんだ! もしかしてお前この男と!」
「この男は……」
「僕はこのお嬢さんと賭けをしていた悪魔さ、この罪深い魂をもらおうと思ってね」
クスクスとナハトールは笑います。
私はもう終わりですと殿下に話しかけました。
「終わりとはどういうことだ?」
「私、前世、この悪魔に魂を売りましたの。前世のあなたの死を回避させるために」
「前世?」
「はい、私は前世の記憶があります」
私は前世、ミーシャ・エルリムという伯爵令嬢であり、殿下の婚約者でありました。
殿下が一年後に命を落とすという予言をこのナハトールから聞いて、私は彼の力を目の当たりにしてそれを真実だとわかり、どうにかして回避できないかと聞いて……。
「ばかばかしい!」
「でも事実ですわ」
私は……殿下に前世、どうしてもその死を回避させるには交換の魂一つが必要というのを聞いて、己の魂を差し出し自分が死んだというのを言いました。
「その時、魂を死神にとられてね。僕がとりそこねちゃって」
えへとナハトールが笑います。こいつは意外にぬけているところもありました。
だからそのあたりをつけば勝てるかと思いましたが……。
「生まれ変わった私、イリシャのもとにまたこの男が現れまして、あなたの死を告げたのです。今度は私は魂を賭けるのをためらい、この男と一つの賭けをしたのです」
「そうだね、それはね、婚約してからずっと笑わない、喜ばない。ほほえみなんてもってのほか、それを貫き通して、婚姻することができたら、神へ愛を誓うということは聖なる儀式だから、それをされたら悪魔に手出しをしにくくて~。できたらまあ魂をあきらめるって言ったんだけどさ」
「……他者にそれを話すことは禁じられ、私はそれを誰にも言えず」
「ここでその賭けは終了したわけ、じゃあ行くよ」
私は殿下の愛を信じていて、微笑みを封じられても勝てると思っていました。
でも私が間違っていましたわ。
「……ではさようなら、殿下、ごきげんよう」
「おい、おいどこに行くんだ! そして私が死ぬとはいつ死ぬんだ!」
殿下は私のことより、己の死が心配のようです。私は振り返り殿下を見ました。
そしてうふふふと彼に微笑みかけたのです。最上の笑みで。
「さあ、知りませんわ」
「……じゃあねえ」
ナハトールの手を取り、私は殿下の悲痛の叫びを聞いてももう答えることさえせず、彼とともに歩き出しました。
「……私は、私はいつ死ぬんだ!」
私の愛なんて薄っぺらいものでしたわ。そして私はナハトールにどこに行くの? と尋ねると、地獄だよと彼は答えます。
……地獄ですか、それもまた仕方ありません。
「僕の花嫁としてね」
「え?」
「なかなか君の魂は罪深くて気に入った、悪魔の花嫁として地獄においで」
ナハトールが嬉しそうにニコッと笑います。悪魔の花嫁ですか……それもいいかもしれませんわね。
私ははいと頷き、地獄へ共に向かったのでありました。
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