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「マーディ、その指輪」
ユノが口を開く。
「え?」
「ずっとしているつもりなの?」
「あ…うん?」
「それをはめていたら結婚指輪が出来ないわ」
「そうか…確かにな…」
マーディは顔をしかめた。
ユノは正しい。
しかし幸運の指輪を外す気にはなれなかった。
「その指輪…何だか怖いの」
ユノが怯えを浮かべる。
「あなた、本当に自分でその指輪をつけたの? 私にはあなたが指輪に操られているように見えるわ」
「俺が操られている?」
そう言ったマーディは、初めて指輪を拾った時を思い出していた。
(そうだ…最初、俺は指輪を売ろうと思ったはず…それなのに何故か急に指輪をはめたくなって…)
「それにこれから先、あなたはずっとその指輪の力に頼っていくつもり? そんな妖しい魔法に守られて。一切、困難のない平穏な人生…それって本当の幸せなのかしら…?」
ユノの言葉にマーディは眼から鱗が落ちた。
やはりユノを好きになって良かった。
「分かったよ。じゃあ、今からあの人魚…メーアが居た場所に行こう」
「ええ!?」
マーディの言葉にユノが驚く。
「もう夜よ…」
「時間は関係ないだろう。メーアは気が変わったら、いつでもあの場所に来いと言った」
「…あの女が本当のことを言ってる保証はないわ。元々、あの女の一族が指輪を持ってたなんて…」
「うん? そうか…それなら、もう一度会って確かめてみよう」
「………」
マーディはユノを連れ、夜の海辺へと向かった。
1年前にメーアと出会った場所に来る。
優しく2人を照らす月光に浮かぶ岩場にはメーアの姿はなかった。
「居ないわ」とユノ。
どこか安堵したような表情。
「そうだな」
マーディが頷く。
両手を口元に添え「おーい!」と大声で呼んだ。
「指輪の話がしたい! 本当にこれがお前たち一族の物なのか!」
しばしの静寂。
メーアは姿を現さない。
「外して掲げてみるのはどう?」
ユノが提案した。
いつになく息が荒く、興奮で鼻の穴が大きくなっている。
「ん? ああ」
マーディが何も考えず、右手で左手薬指から指輪を抜いた瞬間。
ユノが両手を挙げ、ものすごい勢いでマーディに飛びかかった。
「!?」
驚愕するマーディに、月明かりを反射するユノのギラついた双眸だけが、いやにはっきりと見えた。
その刹那、岩場の辺りから一条の水流が発して、ユノの身体に激突した。
ユノが後ろへ吹き飛ばされる。
あまりの事態に何も出来ないマーディに「陸じゃ本当の力は出せないですよね?」と聞き覚えのある女の声が聞こえた。
マーディが振り返ると岩場近くの海面から、メーアが顔を出している。
「私の攻撃をかいくぐって、その人を殺すのは無理だと思いますよ。無駄なことはせずに、こっちで決着をつけませんか?」
メーアの呼びかけにユノがユラリと立ち上がった。
マーディはユノの両前腕部が、いつの間にかメーアと同じ鱗にびっしりと被われていると気付いた。
ユノが眼にも止まらぬ速さで走り、海へと飛び込んだ。
メーアも海中に頭を沈めた。
2人の女が姿を消し、しばらくは何も起こらなかったが。
海面からメーアが、すうっと頭を出した。