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下半身は紫色の鱗で被われた魚のそれで、尾びれが鮮やかなエメラルド色に光っている。
胸元辺りまで伸びた赤毛には複雑な形の髪飾りをつけ、大きく美しい青い瞳でマーディを見つめている。
年齢は10代後半に見えた。
抜けるような白い肌。
乳房の谷間が眩しい、赤のビスチェを着ていた。
艶やかな二の腕から続く両肘のやや先から前腕にかけて、下半身と同じく魚の鱗が被っている。
「え!? またずいぶんと根気が…ありますね…」
人魚が口を開いた。
「私ならそんな…大変すぎて…」
「な、何だ、お前は!?」
人魚の言葉の意味の分からなさにマーディは苛立った。
「え?」
人魚がマーディを見る。
「わ、私はメーア。ごらんの通り、人魚です」
「そ、その人魚が何の用だ!?」
「ええ…あ、簡単に言うと…あなたが持ってる指輪を返して欲しいんです」
「指輪!?」
「はい。あなたが…拾ったんですかね? それは元々、私たち一族の物で…この前の嵐で運悪く流されてしまったんです」
「………」
「それは幸運を呼ぶ指輪。指にはめるだけで、この世の不運から完全に解放されます。黙っていても幸運がどんどん舞い込んでくる。あなたも心当たりありませんか?」
「………」
マーディは黙った。
メーアの言う通りだったからだ。
「ですが…不相応な幸運は大きな災いも呼び寄せます」
「災い?」
「はい。今は幸せしか見えないでしょうが…」
メーアが肩をすくめる。
「…脅してるのか?」
「いえいえ! ち、違います…とにかく最善の道は今、この場で指輪を私に返すことなんです」
メーアが右手のひらを上にして、マーディの方へ差し出した。
「ここまで投げてもらえたら助かります」
マーディは首を横に振った。
「お前が本当のことを言ってるとは思えない」
「そうですよね…私たちは出会ったばかりですし…」
メーアがオドオドと視線を走らせる。
「今日は引き退がりますね。もしも気が変わったら、またここに来てください」
「気が変わる? お前が仮に正しいなら、俺はけして幸運の指輪を手放さないぞ」
「そうですか…そうですよね…まあ、その指輪をはめている間は幸運が必ず持ち主を助けるので、強引に取り上げるのは何人も不可能ですし…待つしかないですね…そう思うと、なかなか良い作戦なのかもしれません…」
「作戦? 何を言っている?」
またもやメーアの話が見えなくなって、マーディは首を傾げた。
「え? いえいえ、こっちの話です…」
メーアが苦笑する。
そして、岩場から勢いよく海へと飛び込んだ。
しぶきが上がり、その後、メーアが海面から頭だけを出す。
「それでは。また今度」
右手を小さく振り、海中に姿を消した。
残されたマーディは、ずっとメーアを怯えるように見ていたユノの傍に立ち、その細い腰を抱き締めた。
「もう大丈夫だよ」
「ええ」
ユノが青い顔で頷く。
「あいつの言う通りだとすれば、これからずっと幸運が続く。それに俺から指輪を盗むのは無理らしい。俺はもうこの指輪を一生外さないよ」
「マーディ…」
ユノがマーディを見つめる瞳が曇った。
「ん? どうした?」
「ううん…」
ユノが眼を伏せた。
不安そうな恋人の頭をマーディは、そっと撫でた。
それから1年が過ぎた。
幸運は続いた。
と言ってもマーディはそれほど欲深い男ではなかったから、ある程度の贅沢と恋人のユノが居れば、それだけで幸せだった。
初めて結ばれた夜から、マーディはユノと結婚しようと考えていた。
しかし島の娘たちの残酷さから、いささかの女性不信に陥っているマーディには、ユノの本質を見極める時間が必要だった。
そしてこの1年間、ユノは1度としてマーディを失望させなかった。
マーディは心を決めた。
「ユノ、俺と結婚してくれ」
マーディのプロポーズにユノは涙を溢し頷いた。
抱き合う2人。
そこで急にユノが顔を曇らせた。