バイブル 0
見渡すかぎりに動くものの気配は感じられなかった。吹き荒ぶ風はからからに乾いていて、少なくともここ数週間というもの水の供給が絶たれて久しいことを肌で感じさせている。
足の下の砂は、踏みしめる度に心許ない感触で、この地に命は枯れ果てさせられていることを、否応なしに確認させられてくるかのようだった。
月が昇り、柔らかな星が瞬いて、自然の明かりが地上を照らし出しても何も変わりはしなかった。
これが終わりということか
胸の内に去来する幾多の思いを飲み込んでも、目の前の景色に変化が訪れることはなく。握りしめた自分の腕が、あたかも最初からまがい物であったかのような錯覚に落ち掛けた気がして一瞬眼を瞑る。それでも、大地には当たり前に影が伸びていた。
なくしたものは 果てもなく 二度と元には戻らない・・・・・・
何度繰り返したかわからないつぶやきが胸の内を熱く駆け巡る。
そんなことはわかっている。目に映る光景に挫けそうになりながらも、進んできたのは何のためだったと。もう一人の自分の声がさらなる胸の奥から問いかけてくる。
すべてが滅び去ったわけじゃない・・・
だから決めたんだろう、もう一度取り戻すって・・・
変わらなかった視界に何かが近づいてくる姿が映る。いつもと変わらない、たぶんこれからも変わることのない姿で、まっすぐに歩いてくる。
ほんの数十分のはずが何時間にも思うほど長く感じられた不在に、心が寂しさでいっぱいになっていたことを改めて思い知った。
「・・・あちらの方に古びた廃墟後を見つけました。雨風をしのぐことはできそうです。」
近づきながらはっきりとした報告を口にして真面目な顔のまま立ち止まる。
「・・・他の方角に、もう一度探査に参りますか？」
少しの間黙ったままでいると、他の選択肢を表示してくるのは、今に限ったことではないのだが、頭ではわかっていても、心の一部が顔を出す。
今の彼にはすっかりなくなってしまっているのだと。
同時に、自分がした決意を改めて胸に刻みなおす。
・・・絶対に諦めない」。どうしてでも、取り戻してみせるから・・・
「いかが致しますか？」
ほんの少しだけ困ったような表情に見えたのは、願望がそうとらえさせたのかもしれない。けれど、今はそれでもかまわない。いつかは本当の笑顔を取り戻してみせるから。
「じゃ、その廃墟まで行こうか。」
背伸びをしながら伝えると彼は一礼してから歩き出す。
「了解しました。ご案内します。
その仕草に小さくため息がでてしまったけど、これは仕方がない。
「うん、頼むね」
いつもと同じやりとりを返す。すると、昨日まではしなかった態度が返ってきた。
「はい、お任せください。」
立ち止まり振り返った表情には、ほんのわずかな笑みが浮かび上がって見えたのだ。
「マスター？」
「・・・うん、何でもないよ。行こう、ジョゼ」
「かしこまりました。マスター・ラダ」
かすかに見せた笑みに小さな希望は胸に暖かさを取り戻してくれる。
彼らは歩き出す。
この希望を抱えて。
止まってしまった世界の果ての真実に、未来を見出すために。
