3日目
「おめぇ、臭ぇんだよ!」
3日目にもなれば匂いも薄まっているのでは?なんて甘いことを考えて風呂場に入った私は、卒倒しそうになるのをそんな言葉を吐くことで何とか堪えることに成功したのであった。
昨日は、隣の部屋の住人から、「ちょっと部屋が臭……あ、なんでもありません」というありがたいお言葉をいただいている。
『部屋が臭いと思ったらコイツも臭いので、どうやらこの匂いは体臭らしいから強くは言わないでおこう』と思ったのだろう。
なんとも日本人らしい、優しい心が感じられたので、私は部屋に戻って床で苦しみ悶えた。
「……って、おや?」
なんだか、ラフレシアのヤツ、前見た時よりも、シュンとしている様な、気がする。
「……あれ、そういえば、ラフレシアって、いつまで、咲くんだろう」
今更ながらな疑問を持った私は、再度go〇gle先生に質問する。
ラフレシアについての辞書ページを見ると、いくつかは、知っていたような内容が書かれていた。
ブドウ科植物の根に寄生する、茎も、葉も、根もない多肉植物であるということ。
死肉や獣糞で繁殖するクロバエ科のオビキンバエ属などのハエを誘引するため、死肉に似た色彩や質感と、汲み取り便所の臭いに喩えられる腐臭を発するということ。
そして。
花を咲かすのには2年かかるが、花が咲いたら3日で枯れてしまう、ということ。
「……なぁんだ、もう、枯れるのか!」
私は、安心して胸を撫でおろす。
これで、臭い臭いとは、もう、お別れだ。
いや、正直、直径1mの多肉植物が腐るとしたら、それはそれで臭いんだろうけれども。
私は少しだけ安心して、布団に入ることにした。
布団の中まで漂ってくる汲み取り便所の匂いを嗅ぎながら、私は、ボーっと考えた。
人間はもちろん、この見た目が、匂いが、嫌いだ。
だけど、死肉を食料とするハエは、この見た目と匂いに、惹きつけられるらしい。
それは、彼氏に好かれようと、一生懸命努力する女子に、重ならない、こともない。
私は、こんな花を受け取るなんて、冗談じゃない!、と、思っていたけど。
……きっと、ラフレシアの方こそ。
……こんな人生送るなんて、冗談じゃない!、と、思っていたに、違いない。
恋する女子を止める権利なんて、私に、あるのだろうか……?
……いや、あるわ。
私が持ち主だわ。
そもそも、恋する女子って、花だわ。
私が飼い殺しにしたって、良心の欠片も疼かないわ。
まじで、本当に、欠片も。
……。
……。
……3日で、枯れる、のか。
……。
……。
「……あー、もうっ!」
私は布団から飛び起きると。
ラフレシアのいる風呂のドアを開ける。
そして。
開口一番に、こう言った。
「おめぇ、臭ぇんだよ!」
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私は、愛車の軽の助手席にラフレシアを載せて山道を走っていた。
「……これ以上先は、私の運転技術では、厳しいかな……!」
すっかり狭くなった道に車を放置すると、私はラフレシアを背負って、山の中へ進んでいった。
一気に、カやらコバエやらが彼女に集り始める。
萎れかかっていた花は、今こそ旬だと、一層、汲み取り便所の匂いを、濃くした。
「1日目は、彼氏のことばかり、考えていた」
私は、ラフレシアを背負いながら、言葉を紡ぎ始めた。
「2日目は、自分のことばかり、考えていた」
ラフレシアの返答も待たずに、私は言葉を続ける。
「3日目に、やっと、貴女のことを、考えた」
そして、森の奥に、彼女をおろすと。
私は静かにつぶやく。
「貴女は、最初から、山とかに、捨てられたかったんだね」
既にラフレシアは、その花弁が見えないほどに、ハエが集っていた。
……もう、3日目。
彼女の、命の残りも少ないけれど。
きっと、これが、正解だったのであろう。
私は去り際、彼女に向かって振り返り、言葉を、かけた。
「おめぇ、臭ぇんだよ」