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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

流星体操 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 よーし、準備体操終わりっと。しっかし、学校もストレッチの絡んだ準備運動が好きだよなあ。英語ではウォーミングアップ、つまりは身体を温かくしなきゃ意味ねえのに、アキレス腱を熱心に伸ばしてもそこまでは……。

 聞いた話だと、俺たちがやるのは「静的ストレッチ」って奴で、運動前に身体を温めるには不十分らしい。筋肉や心臓を刺激し、ぽかぽかな状態になるためには身体をもっと積極的に動かす「動的ストレッチ」の方が効果的とか。ま、実際はどうあれ、テストなんかでは習った通りのことを書くのが無難ではあるが。

 俺たちは体操のやり方も、教えられたり見よう見まねで覚えたりして、今日まで続けている。傍で眺めていると、思わず吹き出してしまいそうな動きを拝んじまうこともあるだろう。ひょっとすると俺たちは、その動作に込められた意味を知らず、形骸化させちまっているのかもしれない。そう感じた体験を、ちょっと昔に味わってな。

 お前も興味があったら、聞いてみないか?


 前の学校にいた時、俺たちの学校の体育の先生は、時間さえあれば体操をしている人だった。特に屋外で身体を回す運動を、よくやっていたっけなあ。

 ラジオ体操でもあるだろ、両腕で円を描くような動きで回していくものが。それを、あの先生の場合は一定の速さで行わない。身体が下を向いている時はゆっくり、上を向いている時には素早く腕を回すんだ。

 下からじりじりと上り詰め、時が来たなら一気に駆け下りる。まるでジェットコースターのごとき動きだった。そのある意味、緩急のついた動きを笑う奴が多かったんだが、たまたま近くで見る機会のあった、俺と他数名はあることに気がつく。

 先生の手だ。手刀を作る時のように、指をそろえてぴんと伸ばしている。その左右それぞれの小指の側面に、緑色の葉っぱが一枚ずつくっついていたんだ。笹の葉のように細長いもので、ぎりぎり先生の手からはみ出さないほどの大きさ。


 初めはたまたまくっついてしまったものを、先生が気づいていないだけだと思っていた。しかし先生は何度か休憩を挟みつつ、手を見つめている。むしろ葉っぱの様子を気にかけているように感じたんだ。そして俺たちに気づかないわけでもないだろうに、何事もなく体操を再開させた。

 その状態が何日もとなると、とうとう俺は我慢できなくなって、先生へ直に尋ねてみたんだ。この葉っぱをくっつける体操の意味を。すると先生は、これは小さい頃に教わった体操のやり方で、「流星体操」と呼ばれるものらしいんだ。

 腕の回転を、天の星々の動きに見立てて行う体操。腰を地上とし、指先は星々の役割。腰より下の時は、星がまだ天に出ていない状態。すなわち昼間を指す。そして腰より腕が上方に来ている際には夜の動きを表すんだ。

 天へのぼり、地へ帰っていく星々。その再現なわけだが、どうして空に星を浮かべる時に、勢いをつけて回すのか。これについても、葉っぱをくっつけることとセットで、ちゃんと意味があった。

 流れ星の表現らしい。実際の流れ星は、周囲の星の運動など目じゃないほどのスピードで、視界から消えていく。本物とは比べるべくもないが、少しでも近づけている演出なのだという。手の横にくっつけている草は、勢いよく落ちていく星そのものを表しているようだ。


「そりゃ、先生だって初めて聞いた時には、『なんだそりゃ?』と思ったさ。でも、大人になってからはこいつが妙に効くようになってきた。何度もやっているうちにぽかぽか身体が温かくなるばかりか、身体のコリとかも取れてきて、良い感じなんだ。特に屋外でやるといい」


 先生はそれからも、すでにほとんど名物と化していた流星体操を続けていた。そこで俺も先生を真似て、流星体操をやってみることにしたんだ。


 おおっぴらにやっていることがばれると、恥ずかしい思いをする。俺は朝早く、ご近所さんがまだほとんど起きていない時間帯に、近くの月極駐車場の空きスペースで準備をした。

 先生のお手本を見る限り、葉っぱのサイズは重要そうだが、それを手にくっつけるものに指定はなさそうだ。俺は両面テープを使って、指の横と葉っぱを接着。更に外側からセロテープで押さえつけて、簡単にははがれないことを確認する。

 そして身体の回転。先生に直接教えを乞うことも、こっぱずかしいからしていない。またも見よう見まねだ。

 実際、他の準備運動などでも珍しくない動き。気をつけるのは、慣れていない腕の加減速。身体の下で回す際はゆっくり。腰より上、特にこれから落ちる時にさしかかったら「すとん」と流す。

 見た限りだと先生は、向かって逆時計回りに腕を動かし続けていた。10回を1セットとし、3セットを行う。緩急のスピードを意識すると、腕から肩にかけてがなかなか辛く、果たして先生がいうほどの効果があるのか、疑わしかったよ。

 

 だが2セット目に入ると、わずかずつだが変化を感じ出す。

 まず、葉っぱを張った指の側面。じわじわと熱を帯び始めたんだ。最初は必要経費の疲れだと思い、そこまで気にしなかったんだが、じきに心臓の拍動も強くなっていく。それに伴い、身体中が内側から泡立つような感覚が襲ってきたんだ。

 気味の悪さは覚えなかった。食べ物屋でみんなと騒ぎ、いい気持ちになってくるのと同じ。いわば場酔いと似たような感覚だ。進めば進むほど、やめ時を失ってくる。

 予めセットしておいた、腕時計のアラームが鳴って我に返るまで、俺はぐるぐると腕を回し続けていたよ。身体の調子はすこぶる良くなっていた。ただ指にくっつけていた、当初緑色だった葉っぱは、すっかり赤くなってしまっていたけどね。


 それからというもの、俺は流星体操にはまるようになった。単純に楽しいこと、気持ちいいことだったら他にもあったけど、そばにあればつい手を伸ばしてしまうお菓子に近い感覚。学校帰りに、条件にあった葉っぱを探してくるようにもなっていた。

 先生の言っていた通り、屋内でも試したことがあったが、さほどの効果は上がらずに疲労が溜まっただけ。屋外、それもアスファルトよりも地面、地面よりも草むらといった具合に、目に見える自然の多いところが、良さそうということが分かった。

 すでに俺は月極駐車場から、近くの空き地へ体操の場所を移している。半年前に工場の倉庫が取り壊されてから、これまで手つかずの状態。砂利の多い地面に、足の長い草があちこちに顔をのぞかせていた。

 体操自体にも慣れてきて、人の目がないかどうか気にしつつ、ストレスが溜まる日は三回、四回と繰り返す。もうほとんど依存症だったと、振り返って思うよ。


 だがある時。晴れた日にもかかわらず、件の先生が流星体操を休んだ。学校に来ているのを見たのに妙だな、と思っていると、次の日も、その次の日も先生は体操をしない。

 じゃあ何をしているのかというと、じょうろを片手に学校中の草花へ水をやり始めたんだ。中には全身が茶色がかって、手遅れ感が漂うものも混じっている。本来の担当である美化委員ですら、ここまではやらないだろうという念の入れ方だ。

 俺が先生に、どうして突然お世話を始めたのか尋ねたところ、帰ってきた言葉にどきりとする。「誰かが、分を弁えないで流星体操をし続けている」と来たからだ。

 先生によると、俺たち人間が流れ星へ願いをかけるように、流星体操における葉っぱという流星もまた、その時の地上にいる命たちの願いを受ける。そこには「思いの熱」が集まり、それを受け取ることで健康を保てるのだと。

 しかし、熱に浮かされるという言葉があるように、過ぎれば不幸を招き寄せる。この彼らは流星に願いを掛け過ぎて、力尽きる寸前にまで追い込まれてしまった。だからしばらく流星体操を控える、と話したんだ。

 俺は最初こそはらはらしたが、犯人であることがばれていないと知ると、一挙に気が楽になった。先生の話を聞く限り、願いをかけるというのは植物たちが勝手にやったこと。枯れるまで力を使う方がバカなだけで、俺は悪くないと思ったんだ。セルフコントロールができない方がいけないんだとな。

 その俺自身、目先の心地よさに勝てていないことを、棚にあげていたんだ。


 数日後。俺はまたも件の空き地で流星体操をしていた。昨日は家でも学校でも面白くないことが続いて、いつもよりも回数を増やしていた。先生がいつも1セットで終えているところを、その10倍を費やしてなお足りなかった。

 短時間で回数を重ねるたび、煮え立つ快楽が増していく。少し前から知ったことで、俺はもはや酩酊に近い状態で、ぐるぐると腕を回し続けていたんだ。

 だが11回目。裸足で画びょうを踏んだかのような激痛に、水をかけられたように酔いがさめる。これまでの火照りとは違う、水音を立てるぬめりが、両足の底から響いてくる。足の裏を見て、俺は血の気が引きそうになったよ。

 どちらの足にも、土踏まずの辺りに細い根っこが刺さっていたんだ。ゴムの底と靴下を抜けて、俺の足へとね。しかも一気飲みをする喉のように、根っこが嚥下するふくらみを見せている。

 俺はすぐさま根っこを抜きにかかる。左足は一息に抜けたが、右足は中途半端に切れて、先端が足の方に残る。そのちぎれたところからは、蚊を潰した時を思わせる赤い血がにじんでいた。それも引っこ抜く。実際に見ると、これほど細い根がスニーカーのゴムの底を一気に突き破るなんて、考え難かった。でも、証拠の穴は空き、そこから血がにじんでいる。

 痛みをこらえて周りを見渡し、ようやく俺は気づいたよ。体操を始める前は緑色に色づいていた草たちが、今や一斉に冬を迎えたかのごとく、色を失って茎ごとうなだれてしまっている。

 先生の言葉通りなら、きっと俺が流し続けた流星に熱を上げすぎ、それでもなお願いをかけようと、俺自身の血も奪おうとしたんだろうな。


 


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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 一種のランナーズ・ハイみたいな感じになってしまっていたのでしょうかね。 なるほど、手にくっつけた葉っぱは草花にとって「流れ星」みたいなものだったのですね。 ふふふ、どんなお…
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