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死煙のルー・ガルー

作者: 師走小僧

 むかし昔の物語。のどかで豊かであたたかな、大きな国がありました。彼らは国境の森に棲む、野蛮な者たちが大嫌いでした。

 ある日のこと、彼らの王は決めたのです。森の奥に棲む薄汚い蛮族たち。四つ足の大きな肉食獣に跨がり、土足で彼らの国を汚そうとする、獣騎の民を根絶やしにすると。

 争いは三日三晩続きます。赤々と燃える木々、逃げ場を失う不届き者と、鎧に守られた大きな国の守護者たち。蛮族の長は死に際に、ある呪いを、大きな国に掛けました。それは、解く方法のない古く強力なおまじない。

 その日からというもの、大きな国の王様には、授かる子宝のうち唯一人だけが『獣を駆る獣騎の者』として生まれてくる呪いがかかってしまったのでした。


 ◆


 教会の鐘の音が、正午を示す12回の音階を街中に響かせている。鼓膜をピリリと震わせるそれを聞きながら、少年は、目の前の老王が自分の息子を怒鳴りつけるのを黙って眺めていた。

 枯葉のように水分の乏しい灰髪。峡谷の刻まれた眉根。ぐりりと見開いた眼はまるで、小ぶりな(ぎょく)のようにも見える。体ばかりが大きく、その装束の内側に隠れた躯は骨と皮ばかりに違いない。王は病を患っていた。


「貴様、誰の許可で西の塔を出た。あれは貴様にくれてやった場所だ。その呪われた体を何処に晒すつもりか。」


 よろよろと覚束ない足で石の床を踏み、節くれ立った枯れ枝の指が王錫に縋る。立つのもやっとな老体に鞭をくれてやるかのような父の姿に、少年は憐れみすら覚えた。

__いつの間に、こんなに衰えてしまった。

 彼が王と初めて対面したのはまだ幼かった少年がやっと喋れるようになってからだった。乳母に連れられ毛布を引き摺りながら玉座の前に跪く彼を、王は威厳に満ちた、王子への侮蔑を込めた目で睨め付けたのだった。

 あの頃の震えと畏怖を思い起こし、少年は老王を鼻で笑った。今の父に、当時のような恐れは感じない。そのような男に、この玉座は相応しいのだろうか。

 侮りが顔に出ていたのか、血相を変えた老夫は王子に命じた。この国の果て、一度踏み込めば二度とは出てこられない、旅人泣かせの穢れの森。その最奥に巣食う魔獣の討伐を。それは遠回しな死刑宣告であった。


「その呪われた体ならもしや、同じ魔に染まる者同士助かるやもしれぬな。」


 嗄れた声を去り際に投げ、王は早々に引き上げてしまった。跪くまま、ぴくりとも動かない彼を引き摺る乳母はもういない。床の模様にひとつ溜息を落とし、王子は自分の足で西の塔へと戻った。



 長い石段を登りきった先にある素朴で飾り気のない木の扉。軋むそれを押し開くと、物の少ない自分の部屋が視界に映った。王族の調度品とは縁の無い樫の机に綿の寝具。簞笥にしまわれた自分の服だけが場違いに上物で、ああ、浮いているな、と独りごちる。丈夫な革の鞄を持ち出すと、中に入れっぱなしの短剣を取り出し、魔術的な彫りの入った柄を鞘から引き抜いた。

 とろりとした色の、滑らかな木彫りの持ち手。そこから続く星のような色をした石の刃。この国でも珍しい、星水晶を磨き上げて出来た短剣だ。当時神の手を持つと言われた細工師ゼフの333番目の作品だったという。


「父王は最早老いた。母よ、いずれ私もそちらへ行きます。」


 抜き身の刃を胸に押し抱き、愛しい母の面影を追う。記憶の中で優雅に笑うかつての王妃は、彼の眼裏でもやはり優雅に笑うのだった。

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