174 無駄な事なんてなにもない、多分
「ど、どうして……なんで駄目なんですか……?」
「何でと言われても……」
なんとなくリリーさんの反応をチラ見、困った顔してる。アリサさんは……なに言ってんだコイツ、って顔してるな。まあ普通はそういう反応になるよね。
うーん……なんでとかどうしてとか言われても、むしろ私の方が聞きたいくらいなんだけど……。
と言うか、彼女を弟子にする理由も無ければ弟子を取る理由もない。あとはそもそも面倒だし。あとは、んー……弟子にするメリットとデメリットって何があるかな?
まずは弟子を取るメリット。
弟子に自分の作業の手伝い、助手をさせる事が出来る。これは別にいらないな。
自分が研鑽した技術や知識の継承、必要性を感じない。むしろ秘匿してナイナイしてしまった方が良さげな気がする。
後進の育成……別に私がやらなくてもよくない? というかそもそも私まだ12歳だし、逆に私の方が若手の部類なんだけど。
次に彼女を弟子にするデメリット。
まずニールとの関係の距離が近くなる、これだけでも最悪過ぎて論外。
あと私の事情とか秘密とか諸々を知られたくない。
でもって教えるのが面倒くさい。
うーん……考えれば考えるほど彼女を弟子にする理由がないな。
あと、そもそもの話としてなんだけど、私って【錬金術】スキル覚えてないからね。自分が身に着けてない技術を教えろって言われても困る。むしろ私が教えて欲しい位だし。
……ああ、なるほど。彼女を弟子にした場合のメリットは【錬金術】スキルを教えて貰える事か。ただこれは、彼女にとっては凄腕の錬金術師の筈の私が自分よりも致命的に劣っているという意味不明な状況になる。
【錬金術】は確かに覚えたいけど、それはテスに弱みのようなものを握られてまで今すぐ欲しいって訳でもない。
……デメリットの方が精神的にきつすぎるんだよなあ。
あれこれ考えてはみたけど、まあ普通に無しだよね。
「弟子にする理由がありません」
「何でですか!? 納得できません、説明を求めます!」
「何で納得させないといけないんですか?」
「な、なんでって……だって、弟子に取らないならそれなりに理由とか説明するのが普通では……」
「それは断られた側が納得したいだけのことですよね? 何で私がそれに付き合わないといけないんです?」
「え、いや、それは……」
「はぁ……私は別に弟子を必要としていないので、弟子は取りません。以上です」
「う……」
再びリリーさん達をチラ見。それが普通でしょ、って感じの冷めた目でテスを見るリリーさん。うんうんと頷くアリサさん。……そういえば今の状況の原因になったクロはどこに? ……あ、ベルとじゃれあってる。
「じゃ、じゃあ! 調合をやって見せるので、少しだけでいいのでアドバイスをください! お願いします!」
ええー……なんでそんな面倒な事を……。
いやだよ面倒くさい……。と、断ろうとする私の腕を掴んで無理矢理連れて行くテス。私を掴むのとは逆の手にはノルンが回収してきた荷物。一体どこに連れて行く気だ……って、貸してるコンテナハウス?
中に入るとテスは荷物の中から何やら色々取り出して調合の準備を始める。……なるほど、少しでも助言とか貰えるように、無理矢理断りづらい状況を作ろうとしてるのか。
あー……こういう図々しさも生きる上では必要な事なのかもしれないなあ……真似したいとは全然思わないけど。
荷物から何やら板とかフラスコとか色々取り出して組み立てていくテス。あとあれは……ナイフとまな板? と、なんか液体の入った瓶をいくつか……。
ふと後ろを見るとリリーさんも付いて来ていて、私の肩越しに険しい表情で覗き込んでいた。よし、聞かれない様に風魔法で防音しつつ、小声でひそひそ相談だ。
「……レンさん、どうするんです?」
「……どうしましょうね」
「……面倒ですが、断ったり納得させたりの手間を考えると、適当に少し助言する方がいいかもしれませんね」
「……そうですね、諦めて少しだけ見てみましょうか」
大きな面倒を避けるために小さな面倒を熟すのか……あああ、面倒だなあ……。
「……嫌そうですね……いえ、気持ちはよくわかりますけど」
「……嫌ですよ、面倒くさい」
「……ですよねー」
なんて愚痴ってたら準備が出来たらしい。
「あの! 準備できました! ポーションの調合を始めます、見ててください!」
「ああ、はい。それじゃあ、どうぞ……」
ああああああ、面倒くさい……!
はぁー……仕方ない、一応ちゃんと見るだけは見ておくかな。【錬金術】習得のヒントがあるかもしれないし……期待はしてないけど。
えーと、なんか板の上に蒸留器が組み合わさったような器具の上の方から、なんか透明な液体の入った瓶から中身を注いで……?
「……あれ、なんでしょう?」
「あれは蒸留水ですね、薬草を一緒に煮込んで薬効を溶かし出して抽出したものがポーションになります。煮込む時に蒸留水を使うのは不純物が混ざらない様にする為です」
「……なるほど、そうやって作るんですね」
「何で知らないんですか……って、そういえばレンさん【錬金術】覚えてないのに何でポーション作れるんですか……? え、あれ? んんん?」
「それは、秘密です」
「えええ? ……あれ、でもいつも陣を使って作って……?」
陣ってなんじゃらほい? まあいいや、あとで聞こう。
蒸留水が入ったフラスコに火をかけて、別の小袋から取り出した乾燥させた薬草? っぽいものを刻んで入れて、煮込んで……あー、それで蒸気があっちからこっちにこうなって……完全に蒸留器じゃん、これ。
「……ここまでは普通ですね」
「そうなんですね?」
「レンさん……。いえ、まあいいです。次は操作盤のあの部分に手を当てて、魔力を流しながら薬効を抽出させるんですよ」
「……なるほど。水から煮込んで、そこに魔力を流す事で抽出した薬効を定着させつつ、効能を強化するみたいな感じでしょうか?」
「たしか、大体そんな感じだったような……? すみません、ちょっと覚えてないです」
「いえいえ、大丈夫ですよ、大助かりです」
修行から逃げ出したって言ってたけど、なんやかんやで色々知ってるリリーさんがいてくれて、本当にありがたいな。
それは兎も角、テスの調合観察の続きだ。
えーと、別の瓶からまた別のフラスコに蒸留水を入れて、そっちも火にかけて……? ちなみにこの間中、ずっと操作盤とやらの一部に手を当てて魔力を流し続けている。うーん、これってずっと魔力流し続けるの? 面倒すぎない?
「……あれってずっと魔力を流し続けるんですか?」
「そうですね、ずっと流します。常に一定量の魔力を流し続けないといけないので、とても面倒くさいんですよ……」
「魔力操作が捗りそうですね」
「……とても捗ります。ちなみにポーションは大鍋で作る方が楽ですよ、混ぜ棒か鍋から魔力を流せるので」
「じゃあ、あの機材を使う理由は?」
「……たしか、蒸留する方が強く薬効が抽出できるんだったかな?」
「なるほど……」
ふむ、基本は蒸留して抽出させるのか。慣れてくるともっと楽に作れる鍋とかの機材で一気に大量に作れるけど、あの蒸留器モドキを使うのは別の機材を扱う為の魔力制御を鍛える目的もあるのかもしれない。
「大鍋で量を作るときは薬効を強めるために魔力を流しながら煮詰める感じですか?」
「そうですね、確かそんな感じだったはずです……ちなみにあの薬効抽出ですけど、蒸留水を使わないで魔力水を使えば魔力を流す必要がなくなります」
なるほど……?
「何で使わないんでしょう?」
「恐らくですが彼女は魔力水を作れないか、そもそも知らないんじゃないでしょうか?」
「あー……知らなさそうな気がしますね」
「私もそんな気がします」
ちなみに魔力水の作り方は、蒸留水でいくつかの薬草を煮込みながら魔力を流す、というものらしい。魔力を流すのが面倒なら魔石を砕いて粉末状にして一緒に煮込んでもいいそうだ。……リリーさん、知らないって言ってた割には色々知ってない?
……ってちょっと待て! 匂いが! 匂いが籠って臭い! 入口は引き戸もカーテンも開け放ってるけど、窓がないコンテナハウス内は空気が循環しないからめっちゃくっさい! このままじゃ匂いが染みつく! 入り口横の換気扇のスイッチオン!
ブオーン……という低音と共に悪臭が薄れていく。ふう……これで一先ずは良し。
そんな私の行動にテスは、回る換気扇を見て驚いた顔をしたり私の方を見て申し訳なさそうにしたりと忙しい。こっちはいいからはよ調合に集中しろ! 失敗しても知らんぞ!
そんな感じで悪臭トラブルが発生したりしつつも、時間は進んでいく。でもこれって結局は煮込み作業だから見てるだけの方は凄い暇だな……。面倒くさい……。
そうしているとようやく作業の終わりが近づいて来たらしい。
「あ、そろそろ終わりそうですね」
テスは薬草を煮込んでいたフラスコの火を止めて魔力を流すのも止め、別の沸かしていた蒸留水を注ぐと試験管ブラシみたいなやつで中の汚れを擦りだした。
「あれは?」
「掃除とか後始末も兼ねてますが、アレはアレで結構薬効が残ってるんですよ。それを再利用して最下級以下のポーションモドキにするんです、材料を無駄なく利用する為に」
はー、なるほど。
あとでろ過してから瓶詰めするとのことだけど、効果は気休め程度らしい。
で、それとは別の一番端のフラスコに溜まった薄っすら緑色の液体。熱を冷ましてるそれがポーション、と。
冷ましたらそれも瓶に移して完成らしい。
「あの、出来ました! どうでしょうか!?」
「えーと……」
リリーさんをチラ見、小さく頷くリリーさん。そして私に小さく耳打ちしてくる。
「大丈夫だと思います、恐らく成功でしょう」
……なるほど、じゃあ適当にそれっぽい事を言うか。
「いいんじゃないでしょうか? 手順に関しては特に問題はないように思います」
「そうですか! やった! それで、これから先はどうすれば……?」
「えーと……」
うーん、どうって言われても……取り敢えず鑑定しておくか。
テスが作業していた机に近づき、調合器具からポーションの入ったフラスコを外して【鑑定】。えーと、品質は……低級ポーションか。まあいいんじゃないのかな? あ、ついでにこの調合器具も解析しておくか。フラスコを戻すついでに手を触れて【解析】。
……ふむ、思ったよりも簡単に作れそう。あとでこの器具を作って、自分でも試しにポーションを作ってみるか。
あ、アドバイスしないとだっけ。
「品質は低級ですね、悪くないと思います。それで、腕を上げる為にはどうすればいいかですが……後はとにかく回数を熟しましょう」
「……え? それじゃ今までと何も変わらないんですけど……?」
いや、そうは言うけど実際スキルレベルを上げるには回数を熟す以外に方法がないから、これ以外の助言なんて無理だよ。でもしいて言うなら、そうだな……。
「……毎回真剣に、しっかりと集中して、雑に回数を熟すだけの調合はしないように」
「……な、なるほど……! あの、他には何かありませんか!?」
他に? いや、流石に何も思いつかないなあ。
「……今の貴女に必要なのは、今伝えた事です。励んでください」
「……はい! ありがとうございました、先生!」
おい馬鹿止めろ、何が先生だ! ふっざけんな弟子にした訳じゃねーぞ! クソッ! 勘違いしないように釘刺しておかないと!
「……弟子じゃないですからね?」
【魔力制御】を使い圧を掛けるように魔力を放出しつつ、目は笑っていない微笑み顔で一言。 いいか、別れた後に他所で言ったりするなよ? わかってるな?
「わ、わかってます……」
涙目で何度も頷くテス。
……駄目だ、全く信用できない! とてもじゃないけど安心出来ない!
「……レンさん、ここは私に任せてください」
何かいい方法は無いかと考えていると、リリーさんが私の肩に手を置いてそんな事を言ってきた。
「私がしっかりと言い含めておきますから、レンさんは自分のコンテナで休んでていいですよ」
そう言って微笑みを浮かべ、テスに近づいていくリリーさんの表情は、あまりにも……あまりにも……。
……その後、リリーさんはお昼を過ぎてもテスのコンテナから出来なかった。
……よし、なんか怖いからもう深く考えるのは止めよう!
テスのコンテナから追い出された私は、この後どうするか少しだけ考えて、そして難しく考える事を止めたのだった。
焚火の辺りを見るとアリサさんもクロも既にいなくなっていて、ノルンは丸くなって休んでいる。
ビビビー! 【獣魔同調】を応用した念話!
……なるほど、アリサさんはクロとベルを連れて狩りに行ったのか。
うーん、そうなると完全に手持無沙汰だなぁ……どうしたものか。ああ、そうだ。さっきの思い付きを早速試してみよう!
そうと決まれば自分のコンテナにGO! 中に入ったら引き戸を閉めて内鍵も掛けて、適当に木材やらなんやらと材料を取り出し【創造魔法】一発! 調合器具の出来上がり!
で、これを使ってポーション調合開始!
えーと、まずは蒸留水だっけ? 面倒なら魔力水を作れば……いや、最初から応用に走るのは止めておこう、蒸留水を【創造魔法】で作って、これを注いで、でもって薬草とかの素材……いや、生の奴あるんだからこのまま使った方が薬効は強くなるんじゃないの?
……いやいや、さっき見たままの工程を再現せねば! 薬草も刻んでから【創造魔法】で乾燥済みにして、これもフラスコにいれて、火をかけて……えーと、ここから魔力を流し続けるんだっけか。じゃあ、魔力を流して……。
……あかんわ、これ。さっきずっとテスの作業を見てる時もそうだったけど、待ってるの滅茶苦茶暇だわ。
いや、ちゃんと魔力は流してるけどね? 魔力流しながら蒸留された薬液が溜まっていくのをただひたすらに見てるだけって、マジで暇。
あああああ めんどくせええええええええええ! もう【創造魔法】一発で終わらせてしまいたい!
……いや、我慢だ我慢。何事も経験だし! これもいつか何かの役に立つ筈……多分。
そして延々と待ち続け、ようやく薬液の抽出が終了、掃除は面倒だから『洗浄』で済ませた。
よし、【鑑定】! ……品質は中級か。まあ使った薬草は下級で使う奴だったから、出来上がりが上の品質になったこの調合結果は大成功ってところか。
でもまあ私の【調合】スキルってもうとっくの昔にLV10でカンストしてるから、当然と言えば当然の結果なんだけど。
……なんか無駄に時間だけ使ってしまったような気がする。こんな事ならエリクサー調合の練習するか、それこそ真昼間から日課でもしてた方が……なんて考えながら何となくステータスを開いて眺めていると、何やら見慣れないスキルが。
【錬金術】
……は?