144 ゴブリン退治はもう飽きた
はてさて、そんな感じでクラン名も決まり心機一転、再始動! という訳ではないんだけど、まあひとつの区切りがついたわけですが。……うん、なんというのかね、やる事が無いといいますかね?
あー、いや。もう気にしないで普通に依頼でも受ければいいんだろうけど、この町のギルドは未だにゴブリン狩りブームでして。
うん、これ以上ゴブリンスレイヤーズなどという不本意な渾名で呼ばれない為にもそれは受ける訳にもいかず、というジレンマに悩まされてる我らがパーティーなのであります。
「……とはいえもう3日も休んでますし、流石にこれ以上休んでるのもなんとなく落ち着かないので、そろそろ何か依頼を受けようと思うんですが……どうでしょうか?」
はい、そんな状況が続いてるとなれば我らがリーダーからも話がある訳でして。
「そうですね、そろそろなにか仕事をしないと、収まりが悪いというか……」
「私はどっちでもいいよー?」
うん、アリサさんは黙ってようね。今は真面目な話してるからね。
「でもゴブリンは無しですよね?」
「はい! ゴブリンは無しです! 折角クラン名も登録したのに、あんな渾名が定着したら困ります!」
「私もゴブリンは飽きたー。しばらく見たくなーい」
ですよねー? っていうかアリサさんも嫌って言うのは珍しいね。んー……でもそうなると、どうしたものか。
リリーさんのほうに顔を向けてみると、提案してはみたもののいい案は浮かばない、という感じで困り顔。アリサさんは……うん、いつもどおり。
「……とりあえず何か良さそうな依頼がないか見に行きます?」
「……そうですね、いい案も浮かびませんし」
何も思いつかない以上、当然次の行動はこうなる。行き当たりばったりともいう。まあこのグダグダ感が実に私達って感じだよね……。
というわけでやってまいりました冒険者ギルド! の依頼掲示板。
「……相変わらず微妙ですね」
「……そうですね」
さっきと似たような会話が繰り返される。いや、実際問題いつも通りの微妙な依頼しかないんだから仕方ない。
代わり映えのない掲示内容に軽く途方に暮れていると、周囲のひそひそ話が聞こえてきた。
「……おい、あいつらが……」
「……あれが噂の……?」
「……あんな餓鬼3人が……本当かよ……」
「……見た目に騙されるな、魔導師なんぞは見た目や歳じゃ……」
「……チッ、気にいらねえ……」
「……そう言うな、お陰で儲かってるんだからよ……」
……うへー、想像以上に注目されてるじゃん! もう帰りたくなってきたんですけど!
「リリーさん、ゴブリンでも受けます?」
「それだけは絶対に無しで!」
「私もはんたーい!」
「ですよねー……」
うーん、もうこうなったら適当な依頼受けてさっさと離脱しよう、そうしよう。
そうと決まれば何か面白そうな依頼……ああ、そういえば前にちょっと気になってたのがあったっけ? えーと……ああ、まだ残ってた。ちょっと上の方に貼ってあるその依頼票を、手を伸ばしてぺりっと剥がして……。
「レンさん?」
「リリーさん、これ受けましょう」
「え? これを?」
「はい」
「えーっと……『森の奥の泉の魔物の討伐』? ……町の名産料理の食材が取れる泉に住み着いた大型魔獣の排除、生死は問わず……? ……本気ですか?」
「他に良さそうな依頼もありませんし、なにより面白そうじゃないですか?」
「いや、面白そうって……」
「リリー、私もそれやりたーい」
「アリサまで? でもアリサ、大型ってなるとアリサの剣が通じるかどうかわからないでしょ? 大丈夫なの?」
「えー? 私の剣が通じない時はきっとレンさんがなんとかするよー? 大型っていうならそれこそレンさんのアレがあるしー?」
「アレ? アレって……あの鎧?」
「うん、それー」
「…………レンさん、これを選んだ理由って、アレの性能を試したいとか……そういうのも入ってますか?」
無言でいつもの笑顔。にっこり。
うん、魔導甲冑の性能試験したいっていうのが実は理由の半分くらいだったりする。もう半分の半分は単純に依頼が面白そうっていうのと、残りは名産料理っていうのが気になるって感じ。
「あー…………」
途端に遠くを見るような表情になってしまったリリーさんだけど、少しすると腕を組んでちょっと真剣に考え出した。
「……でも、確かにアレの性能はもっと調べておいたほうがいいよね……それに大型魔獣との戦闘……今の私の魔法とアリサの剣がどこまで通じるのかも試しておきたいし……」
ぶつぶつと呟きながらかなり真面目に色々判断してるっぽい?
「……最悪倒しきれなかったとしてもノルンさんも居て、レンさんの鎧もあってダメージは与えられてるはずだし……町には今なら冒険者が大勢居るから、急いで戻ってきて救援を求める事も出来る、か…………わかりました。この依頼、受けましょう」
……あれ、想像以上にリスク管理ちゃんと考えてくれてた?
「レンさん、こういう判断はリリーに任せておけば大丈夫だよー」
ありゃ、驚きが顔に出てたか。アリサさんが心配してくれたのか声をかけてくれた。でもここまでしっかり考えてくれてるとは思ってなかったんだよ。まだ15歳になったばっかりだし。
……うーん、リリーさんには頭が上がらないな。いや、割と本気で。
ともあれ、受ける依頼も決まったことだし窓口で受注して早く行くとしますかー。ってなわけで窓口へごー!
「おや、貴女達は……やっと来てくれたんですね! ゴブリン退治ですよね、本当に数が多くて困ってるんです、助かりました……」
んんー? いやいや、ゴブリンはやらないよ?
「いいえ、こちらをお願いします!」
って、私が返事する前にリリーさんが超いい笑顔で依頼票を突き出したー!
「え……? こちらの依頼ですか……?」
「はい!」
「ゴブリンではなく……?」
「ゴブリンではなく!」
わー……滅茶苦茶威圧してる……。リリーさんの笑顔、こっわ……。
「……」
「……」
「……」
「……」
「この依頼をお願いします」
「えーと……わかりました、こちらの依頼ですね……」
おおう、ギルド職員が先に折れた。
「あー、この依頼ですか……こちらとしては助かりますが、いいんですか? 大型魔獣なんですが……」
「無理だと判断したら戻ってきますので、大丈夫です」
「そうですか……わかりました。ええと、泉の場所ですがこの町から北東の方に細い道があるので、そこをまっすぐ進んでいくと着きます。その泉で取れる小型の亀の魔獣を使った料理がこの町の名産なんですが、その泉に住み着いたというか、正確には異常に大きく育ったその亀の魔獣を何とかして欲しい、という依頼ですね」
へー、名産料理って亀料理なのか。でも泉に住み着いてるって事は淡水亀? 淡水亀ってめっちゃ泥臭かった記憶があるんだけど……まあ魔法とかある世界だし、淡水亀でも味も違うのかも? そもそも魔獣って言ってるし。
「異常に大きく……どのくらいですか?」
「5m以上はあったという報告がありましたね」
5m以上の大きさの亀!? 普通自動車より大きいの!? それまた随分と……って、いやいや、でかすぎでしょ!
「うーん……最低でも5mか、それ以上……レンさん、どうしましょう?」
「……取り敢えず予定通り行くだけ行ってみましょう」
「あー、ご心配の所申し訳ないんですが、そもそも泉から中々出てこないので排除できずに困ってる、という話ですので、まずはどうやって引きずり出すか、という話でして……」
あー……この依頼がずっと残ってた理由って、そういう理由だったのね……なんだか納得。
「どうにもその大型魔獣は泉の亀型魔獣のボス格らしく、漁に行くと大暴れして網や罠を破壊しまくるので漁師ではどうにも出来ず、町としても困っているのです。それでいて平時は何をやっても泉から出てこないので、今まで依頼を受けた冒険者達は文字通り手も足も出なくて依頼失敗が続いてるという難題でして……」
亀が相手なのに手も足も出ないのは人間のほうとはこれいかに。いや、冗談言ってる場合じゃないんだけど。
「漁の時は出てきて暴れるんですよね? その時に何とかしようとはしなかったんですか?」
「当然なんとかしようとしましたよ。でも暴れっぷりが凄まじく、冒険者も腕を食いちぎられるわ足を踏み潰されるわで再起不能にされて引退続出という事態が続きまして……更には何度も挑戦するうちに網や罠もかなりの数が破壊されてしまい、これ以上それらを失うと漁を再開する時に支障が出てしまうという状態なのです」
「つまり、漁でおびき出す事は出来ない、と。でも再起不能って……」
む、リリーさんが思案顔に! やっぱり受けるの止めようとか考えてる顔だ!
「あー! ですが最初の頃は岸辺で大人しくしている姿が何度か目撃されてまして! その時に攻撃を仕掛けた冒険者達の話によれば特に反撃もせずにゆっくり歩いて泉に潜っていったそうです! ……ただ、その時は攻撃力不足でどうにも出来なかったらしいですね」
「攻撃力不足ですか……」
職員さん捲くし立ててリリーさんの気を逸らそうとしたね。それだけ受ける人が居なくて困ってるって事かな。
「ええ、甲羅に傷ひとつ付けられなかったという話でした。その後も他の冒険者達が何度かそういうタイミングで仕掛けたりしたそうですが、そのうち出てこなくなってしまったそうでして……」
んー……つまり、仲間を守る時には大暴れするけど、それ以外の時は基本的に大人しいって事? で、日向ぼっこかなにかわからないけどたまに岸辺に居る時があるから、その時に仕掛ければ何とかなるかもしれない、と。っていうか甲羅に傷ひとつ、って首とか足とか狙わなかったの? なんだかなあ……。あ、でも大型って話だし手足も硬い可能性もあるのか? うーん?
「そんな訳で、町としても色々困っているのが現状なのです。ですのでこの依頼を受けてくれるというのは非常に有り難い話でして。ですが、もう数ヵ月は塩漬けになってる依頼ですので、貴女達のような前途のある冒険者達に薦めるのも、どうにも……」
なんというか……予想よりも随分と難易度が高い依頼だったね。でも、うーん…………まあ、受ける方向で話も決まってたし?
「リリーさん、取り敢えず行ってみましょう」
「……そうですね、取り敢えず行くだけ行ってみましょうか。まずは偵察という事で」
「やはり受けるんですか……ですが、そうですね。では、その様子見で無理と判断した場合は正式に依頼を受ける前だった、という事にしておきましょう。冒険者ギルドとしても前途有望な冒険者の依頼達成率を無駄に下げる必要もありませんから」
「え、いいんですか?」
「はい、問題ありません。この依頼はそれだけ失敗が続いてるものですから、普通は貴女達の様にまだ若い方々では達成は難しいでしょうから。これも経験だと思って貰えれば」
おー、この職員さん、思ったよりもいい人だね。でも気苦労ばかりで中々出世は出来そうに無いタイプな気がする。
「それはそれとして、ゴブリン退治の特別依頼の方も受けてみたりは……」
「「「しません!」」」
前言撤回。思ったよりも強かなタイプだった。