132 美味しいご飯の為の労働は全てに優先する……!
翌朝、と言うかまだ薄暗いくらいの時間の起床。超早起きである。そう、筍掘りなのである。
リリーさんとアリサさんは……うん、寝てる。声を掛けてみたけど、起きる気配も無い。起こすのも面倒だし1人で行こうかな。いや、ノルン達は連れて行くけど。それにいざとなれば出来立てほやほやの魔導甲冑もあるし。
2人を起こさないように【ストレージ】操作でさくっと早着替え。外套を身に着けマフラーも巻いて不審者の一丁上がり! あ、眼鏡眼鏡。
部屋から出て1階に下りると既に宿の人が起きていた。と言うか不寝番の人が起きてカウンターに座ってた。
軽く頭を下げて宿を出ると裏手の厩に向かい、ノルンとベルを回収したら真っ直ぐ町の入り口へ。まあ、入り口って言うか、一応門だけどね。詰め所も併設されてるし、門枠もあるし門扉もあるし。
朝早いなんてレベルじゃない時間なので門番の人も驚いてたけど、特に揉める事も無く通してもらえたので、ノルンに跨って竹林へ高速移動。私は早く筍を掘らねばならぬのだ!
そんなこんなであっという間に竹林に到着したのであった! 起きてから30分経ってない辺り我ながらどうかと思うけど、美味しいものは全てに優先するので仕方ない。
で、昨日目星をつけてた辺りに【探知】。うん、あるわあるわ。竹は成長が早いので沢山採っても構わないという自分勝手で乱暴な屁理屈の元、今食べ頃なサイズのモノを9割ほどストレージで回収。食欲は正義なのだ。
さて、後は実際に自分の手で掘るとしますかね……いや、【ストレージ】での回収は量を確保する為のものだから、実労働はちゃんとやるよ? 今世では初体験だし、何事も経験はしておいて損は無いからね。
という事で自作の鍬を取り出す。えーっと……あ、あった。大きく振りかぶってー、ザクっとな! 一本ゲット! はい次! えー……あれか。はい、ザクっと。
5本程掘り当てた辺りでリリーさんとアリサさんが走ってきた。2人とも遅いよー?
「レンさん、何で起こしてくれなかったんですか!?」
「ひどいよー」
えー、私ちゃんと起こしたよ? 1回だけだけど。
「ちゃんと声を掛けましたよ。でも起きなかったので、已む無しです。筍掘りは時間との勝負なので」
「うぅ、そう言われると……」
「リリー、そんな事よりどうやるのかを早く教えてもらわないとー」
「あ、そうだね! レンさん! どうすればいいのか教えてください!」
まあ、私が言った事だけど時間との勝負だしね……2人ともやる気満々なので気を取り直して筍の見つけ方から掘り起こし方までを教えて、2人に鍬を渡した。頑張れー
さて、2人が筍を掘ってる間に私はちょっとご飯の準備でもしようかな。
まず作るのは、筍の刺身。新鮮だから出来る食べ方だね。まあ大した手間じゃないんだけど。
まずお湯を沸かし、次に採れたての筍を1本取り出しまして、皮を剥きます。べりべりーっと。次に、可食部分の柔らかい所を薄くスライス。
で、このスライスした切り身をそのまま食べる。とは言ってもこのまま食べ続けると数枚でえぐみが気になりだすので、一部を取り分けて残りは食べやすいように5分ほど茹でてから水でしめる。これで終わり。
ここで食べるのはこの1本分だけ。残りはいずれ灰汁抜きして別の料理に使おう。でもまあ今は灰汁抜きする時間も無いのでそれはいずれ時間が有る時に。そもそも、まずは料理できる場所を確保しないと無理。
と、わさび醤油も用意しておかないとね。わさびは転落事故の後に引き篭もってた森の川の上流の方に生えてたので問題なし。ゴリゴリ磨り下ろす。そして醤油。
後は……んー、酢味噌でも作っておこうかな? 酢と味噌とからしを1:1:1で混ぜ混ぜ、完成。他は……まあ、取り敢えずはこれだけでいいか、面倒だし。
んで、次は主食の準備。うーん、折角の筍だし和食系でいいかな。お米は既に炊いてあるのが【ストレージ】に入ってるので、それを取り出しておにぎりをにぎにぎ。網を使って焼きを入れて出汁醤油をぺたぺた塗って更に焼いてー、と。
汁物は……うーん、適当にお味噌汁でいいか。具材は自作豆腐と長葱辺りで。
んー……流石に筍の刺身は主菜には物足りないから、追加で出汁巻き卵でも焼こうか。じゅーじゅーっと。
うん、まあ……こんなところかな。
と、2人を呼ぼうと振り返ったら既に待機済みでした。いや、せめて声を掛けるとかですね……? まあいいけど。
2人の足元には筍がひー、ふー、みーの……六つ? 【ストレージ】に収納して、うん、お疲れ様でした。
「じゃあ朝ご飯にしましょうか」
「はい! ご飯!」
「わーい、おいしそー!」
という訳で早速筍の刺身を1枚、わさび醤油でパクリ。しゃくしゃく……うん、いい香り。食感も好き。
「なんですかこの食感……官能的……」
「淡白な味だけど香りもいいねー」
「こっちは、お味噌の……ソースですか?」
「ちょっと手を加えてあります」
「んんんん! こっちも合いますね!」
うむ、なかなか好評のご様子。さて、次はおにぎりにおかずといきますか。
「これは、オムレツ?」
「リリー! 違う! これはまったく違う別の何かだよ!? なにこれ! 凄い! 美味しい!」
「え、ちょっとアリサ? そんなに?」
「凄い! 私これ好き! 好きー!」
おお……そう言えば2人に出汁巻き卵出したの初めてだっけ? うんまあ、我ながら美味しいとは思うけど、ここまでの反応は予想してなかったなあ……
「え!? なにこれ! オムレツじゃない!? え、美味しい!?」
「こっちのお米も美味しいよー! お米がこんなに美味しかったなんて……私、世界が開けた感じがするー!」
ふむー、醤油焼きおにぎりも好評、と。まあ私的には食味が微妙なんだけど……んー、一体何が違うんだろう? 品種? なんとかお米育ててる水田を見てみたいなあ……違いが知りたい。いや、こればっかりはねえ? 日本人だもの。
出汁巻き卵、おにぎり、合間に筍の刺身&味噌汁。当然味噌汁も好評で、あっと言う間に完食。うん、気持ちいい位の食べっぷり&蕩け顔。これが見たかった!
「……朝から、こんな……」
「駄目だよー、これはぁー……」
うむぅ、少々効きすぎたか。これは和食はちょっと控えたほうが良さそうかな……? それはそうと、早く正気に戻ってちょーだいな?
結局2人の回復待ちというかお腹がこなれるまで休んでいるうちに、ギルドに行くのにいい時間になってしまったのであった。むう。
正気に戻った2人を連れて町まで戻り、そのまま真っ直ぐ冒険者ギルドへ向かう。ノルンとベルも連れて中に入って、掲示板の所へ……と思ったら想像以上に盛況で、掲示板の前まで行けそうもない。この町の冒険者ってこんなにいたの? ちょっと多くない?
むむむ、このまま待ってても埒が明かないしノルンに突っ込んでもらおうか? どうする?
「……別に進んで難しい依頼を受けたいという訳でもありませんし、もう少し落ち着くまで待ちましょうか」
「そうですね……」
うんまあ、そうなるよね。リリーさん達は2人とも既にDランクだけど、私は未だにEランク。無理をする意味が無い。
依頼票を取り、受付へ持って行こうと振り返った冒険者達がノルンに驚いて、私達に気を取られながらおっかなびっくり依頼を受けて出て行く様子を眺める事、30分。漸く掲示板の前が空いた。
……うん、昨日の昼過ぎに来た時とあんまり変わんないね。どうしよっか、これ。
「……取り敢えず、私は討伐を受けるのが一応初めてなので、基本という事でゴブリンからいきましょうか」
「……そうですね」
「私はなんでもいいよー」
アリサさん……いや、いいよ。貴女は変わらずそのままの貴女でいて。
何はともあれ、初討伐依頼である。なので、基本というかお約束というか、ゴブリンである。いや、今までもなし崩しでとか、已む無く現場判断で参加したりはしたけどね? きちんとギルドを通して討伐依頼を受けるのは初めてって事で、ひとつ。
さて、再びの町の外。お仕事である。
と言っても半ば常設依頼気味のゴブリン退治なので、内容は大雑把。とにかく沢山倒してくればいい。
一応目撃情報なんかは開示されてるので、その情報に従って森の奥へとひたすら進む。兎に角進む。そして小一時間程進んだ辺りで小休止。まあ、私はノルンに乗ってたから別に疲れてないけどね。そこ、ずるいとか言わない。騎乗可能な従魔を従えたテイマーの特権だよ、これは。
「そろそろ遭遇してもいい頃ですけど、レンさんはどうします?」
「そうですね……じゃあ、鎧を出しましょうか」
「……あれ、使うんですか?」
「改良する為にも実戦稼動して運用データを取りたいので、使いたいです」
「うーん……確かにあれを使えばレンさんの守りは鉄壁ですけど……」
「リリー、この辺りには多分私達しかいないから平気だよー」
うん、そうなんだ。私とノルンの【探知】にも【気配探知】にも他の冒険者の反応は無いんだ。寧ろちらほらと魔物の反応があるんだよ。目撃される危険は無いし、寧ろ早急に乗り込まないと私の危険が危ない。何も言わないでも私の態度でその辺りを察してくれるアリサさんマジ有能。
ちらりと私の様子を窺うリリーさんに、一つ頷く。これでリリーさんにも通じるでしょ。
「……なるほど、じゃあレンさんはあの鎧に乗ってもらって……そうですね、斥候としての能力はノルンさんが一番高いでしょうから、ゴブリンがいる方向へ先導してもらう、という感じで行きましょうか」
「接敵した場合はどうしますか?」
「ノルンさんには下がってもらって、ベルちゃんと交代。前衛は訓練どおりにアリサとベルちゃん。私は中衛で前衛のフォローをします。基本的に様子を見ながら【強化魔法】でバフ系の援護をしつつ、状況次第で攻撃魔法で攻撃。レンさんとノルンさんはバックアップというか切り札で。まあ、ゴブリン相手にレンさん達が出る事はまず無いと思いますが、数が多い場合はどうなるか分からないので」
「いいですね、ではそれでいきましょう。アリサさんは何か意見ありますか?」
「ないよー、私達は基本的にリリーが作戦立案担当だったから、任せて問題ないと思うー」
……なるほど、これがアリサさんが思考を放棄している理由か。でも言われた作戦通りどころか、それ以上に動けるのは純粋に凄いんだよな、アリサさん。寧ろ戦闘中は凄い頭使ってる節もあるし、この担当分けは無理に弄らない方がいいのかも……
「一応アリサも気になる事がある時や意見がある時はちゃんと言ってきますから、そんな顔しないで下さい」
「……今後は私も参謀的な役回りをした方が良さそうですね」
「お願いできますか? 私1人だと多面的に見るには限界がありますから……」
と言うか、そのうち作戦立案は私の担当になりそうな予感がする……いや、いいけどね?