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122 監督業、時々礼拝


 鍛冶場に複数の鉄を打つ音が響いている。

 長方形に長い部屋の一方の壁側には複数の小さい炉が並んでいて、それぞれの前で若い鍛冶師達が一心不乱に槌を振り下ろしているのだ。

 私は特に何をするでも無くその様子を眺めていた。


 と言う訳で、私はひよっこ共の監督業に精を出しています。でも思ったよりも暇だわ、これ。


 エド達の監督を引き受けた翌日から三日に一度こうして作業を眺めるようになったんだけど、あんまりする事ないんだよね。あ、三日に一回なのは当然私の修行時間を取る為ね。

 色々助言とかすればいいじゃないかって? いやいや、作業中にあんまり声を掛けすぎるのも集中切らせちゃうから、それはあんまりね……かと言って眺めてるだけってのも暇だし、なかなか困ったモノですよ。

 とは言え、眺めてるだけと言うわけでもなく、気になるときはちゃんと声を掛けたりはしていたり。あ、ちょっとそこの見習い君?


「そこ、少し叩きすぎです。後々他も叩いてバランスよく伸ばしますから、今はもう少し厚くても大丈夫ですよ」


「あ、はい! ありがとうございます!」


 とまあ、こんな感じでね。


「先生、この辺りはどうすればいいでしょう?」


「自分のやりたいようにどうぞ」


「……はい」


 エドも声を掛けてくるけど、無下に切り捨てる。そんな私の返答にエドが勝手に落ち込んでるけど、でもこう言う答えしか返し様が無い。

 一応誤解無い様に言っておくけど、意地悪でも何でもないからね。とは言え一応補足はしておくかな? 一応は監督だし、へこませてそのままと言うのは拙いだろうし。


「貴方の作りたい剣のイメージは貴方の中にしかありません。それを私に聞かれても困ります。兎に角、少しでも完成形のイメージに近づけるように回数をこなすしかありませんよ」


「あ……はい! 頑張ります!」


 見習い達とエドとの対応の違いはまあ、鍛冶技能のレベルの差なんだよね。だから別に好きでエドだけ差別してるわけじゃないんだよ。

 見習いの少年二人、と言っても私とほぼ同年代なんだけど、その二人は文字通り槌を振り始めたばかりでまだまだ全然腕が足りてない。だから思ったように剣を打つなんて出来る訳が無い。

 そんな二人が今打ってるのは短剣で、一応この工房の規格に合わせたモノ。この工房のベテランさんが打ったものをサンプルとして実際に触って、同じものを造る様に、と親方に指示されていた。まあ、この冬の間に同じものを打てるようになるのはちょっと難しいだろうけど、もしそれなりのモノが打てた場合は品評会に出品してもいいとのことで、見習いの二人はやる気満々で頑張っていた。

 もう一人、私より2~3歳程年上っぽい、現在は補助を任せられている駆け出しの少年は工房の見本剣を打てるように練習中。

 見本剣というのは工房や流派ごとの鍛造依頼を受ける時に基本になる剣で、それを基準に重さや長さ、重心のバランス等を変えて注文通りの剣を打つ事になる。

 私も一応造ってあるけど、使う機会は多分あんまり無いと思う。


 ちなみに見習いは基本的に鍛冶作業関連の雑用担当。鋼材運んだりコークス用意して炉の準備したりとか。鍛冶作業以外の雑用は丁稚の仕事。店番も丁稚の担当らしい。

 駆け出しは実際の鍛冶作業の補助と言うか、汗拭いたり飲水用意したり、後は焼き入れで使う打ちあがった刀身を冷ます為の水も用意したりと、割とやる事が多い。焼入れって言うのは……まあ、今は割愛。作刀には色々あるんだよ。

 駆け出しが見本剣を打てるようになると、この工房では一応一人前として扱われる。数打ちの剣を打つのはこの辺りから。


 で、エド。

 エドは工房の見本剣は普通に打てるので、一応は一人前扱いだった。でも変な癖が付いてしまったので鍛造依頼は受けさせなかったのだと親方が言っていた。

 この工房では本来、ある程度経験を積んでベテランと言っても差し支えなくなった頃から鍛造依頼の武器作成をさせるようになるらしいんだけど、エドは一応息子だし、才能もあったので繰り上げで受けさせる予定だったらしい。一人前扱いになる時にはやらせても問題無いだけの腕はあったらしいんだよね。

 でも、まあ……色々と捻くれて、変な癖も付いて……そりゃ、やらせないよね。ちなみにお兄さんのアルさんは一人前になって2年後には鍛造依頼をこなしていたそうな。

 お兄さんとの扱いの差もあって更に不貞腐れて捻くれていた所で私にバッキバキにへし折られ、結果、以前の様に、と言うか以前よりも真面目に修行に打ち込むようになったエド。そんなエドに、年明けの品評会で結果を出してくれるんじゃないかと親方はちょっと期待してるらしい。

 なんでも、次の品評会では仲が悪いと噂の斜向かいの工房の跡取り息子も出品するとかで、いつもそこの親方と喧嘩をしてるアルノー親方としては相手の鼻を明かしてやりたいとかなんとか……

 だったら自分で見てあげたほうが良くない? とは思うんだけど、今回親方に持ち込まれた依頼はかなりのお偉いさんからの依頼とかで、お断りできないらしい。親方は言葉を濁していたけど、ベクターさんが関わってるみたいなので、多分王族関連。

 それはそれとして、斜向かいの工房の跡取り息子とエドも仲が悪いらしい。尚、アルさんは相手にもしていないそうで、相手と競ってる暇があるなら今の自分に打ち勝つ方が先、とか何とか? 職人としてはアルさんの方が正しいと思うよ、私としては。

 いや、アルノー親方も本来はアルさんと同じ考えらしいんだけど、事ある毎に突っかかってくるらしくて、流石にむかついてるそうですよ? その気持ち、良く分かる。


 あー、随分話が逸れた。

 つまり、私がエドにご教授する事は何もないんだよ。そもそも、流派的なものもあるから、変に私のやり方を教えちゃうとこの工房でのやり方から外れるようになっちゃうからね。

 いずれは独立するにしても、実際そうなるまではこの工房のやり方でやるべきだと私は思う。だから、エドには悪いけど、彼に対しては基本的に見てるだけになる。よっぽど拙い結果になりそうな事をやろうとしない限りは、ノータッチ。

 逆に見習いの子達はまだ基本すらちゃんと出来てないから、文字通り基本的な事だけは教えられる。とは言ってもこっちもあまりあれこれ口出しはしない。考える事が出来る様に、悩みながら頑張って行く方がいいと思うし。でも分からない事や疑問に思った事を質問されたらしっかり答えるし、ちゃんと出来たらきちんと褒めるけどね。私は基本的に褒めて伸ばす方針だから。

 駆け出しの人は……正直、特にする事は無い。

 見本剣が打てるように延々同じものを打つだけの修行だから、見てる以外にやる事が無いんだよ。だからサボリではない。

 でも、息抜きに偶には別のモノ打ってもいいんじゃないかなー、とは思う。そこから色々見えてくるものもあると思うんだ、何となくなんだけど。

 そんな、何となくでそんな感じの事を勧めてみた所、何か思う事があったのか見本剣とは別の剣を何本か打っていた。そしてそれ以降に打つ見本剣の精度が一気に上がっていたので、別の剣を打った事で何かを見出したみたいだった。

 後でこっそり【鑑定】で確認してみた所、【鍛冶】のレベルはそのままだったけど【金属加工】のレベルが上がっていたので、金属の扱い方への理解が深まったって所かな? うむうむ。


 え? やる気無かった癖に思ったよりもちゃんと監督してるって? いや、引き受けたからにはちゃんとやるよ? それ(やる気)それ(やる気)! これ(仕事)これ(仕事)


 と、そんな感じで二日置きに監督と修行をして年末を過ごしつつ、今年最後の日はこっそりと夜更かしして年越し蕎麦を自作して食べたりした。

 ああ……これだよ、これ。ニッポンジン!

 去年は森の奥に居たお陰で蕎麦粉も何も手に入らなかったから、作れなかったんだよね。折角前世の記憶が戻ったんだから、やはりこう言う所は押さえておきたい。

 ちなみに工房の皆さんには振る舞ったりはしてません、悪しからず。



 年始初日は工房も仕事はしないらしいので、私も寝て過ごした。

 初詣? 一応教会にお祈りにいくとか、初詣みたいな感じの事はあるけど、私は別に信心深い訳でもないから、行かない。と言うか、行かないつもりだった。

 うん、そのつもりは無かったんだけど、年始二日目にトリエラ達がやってきて強制連行されました。寒いし雪降ってきそうだし、止めない? 駄目? ……どうやら駄目らしいので、諦めて行く事にした。

 あ、ちゃんとノルン達も一緒だからね、安全安心。それといつも通り男女は別行動だよ。


 ちなみにこの国の国教は風の神なので、向った先は風の神の神殿。では無く、別の場所にある教会。神殿前の広場でも新年のお祈りはやってるんだけど、折角なので礼拝堂でお祈りしたいなーって思ってね。

 殆どの人は神殿前の広場で済ませるので、教会の礼拝堂は意外と空いてるのだ。ちなみに神殿の礼拝堂はお貴族様が使うので平民は入れなかったりする。お貴族様め。

 教会の礼拝堂でお祈りを済ませた後、教会前の広場で炊き出しの野菜スープを配ってたので、帰る前にそれを頂きながら広場の端でトリエラ達とお互いに近況報告。


 トリエラ達は基本的には街の中での雑用仕事を受けて小銭を稼いでいたらしい。主に雪掻きで。

 オニールへの帰郷の際に結構保存食を持ち出していたので、色々準備していた冬の食料が足りなくなるんじゃないかと危惧してたらしいんだけど、実際はオークを売ったお陰で逆に割りと懐は暖かいんだって。

 とは言え、冬の真っ最中に食糧を買うのは高く付く。オークの売却益だけでも十分この冬は問題なく過ごせそうだったらしいんだけど、お金は幾らあっても困らない。と言う事で、小遣い稼ぎに精を出してるらしい。

 後、トリエラとリコは魔力循環の練習で魔法関連を鍛えたり? 給湯の魔道具への魔力供給は二人しか出来ないので、中々大変みたいだ。

 衛生問題もあるのでお風呂は毎日入るように、と私が以前忠告しておいた為、頑張ってるようだ。冬に不衛生にしてると風邪を引きやすくなったり治りが悪くなったりするから、そもそも風邪を引かない様に綺麗にしていた方がいい。病気になると無駄にお金掛かっちゃうからね。

 給湯器に関しては男子連中にも魔法を教授すればいいんだろうけど、男子は男子で色々やってるらしい。一応トリエラとリコも最初は男子達に教えるつもりでは居たそうだ。

 でもケインとマリクルは年明けからゴブリン討伐を受けるつもりらしく、それに向けて男子四人は毎日朝夕に実戦稽古しているのだそうな。

 うーん、良いとも悪いとも言いがたい。

 ゴブリン一匹狩れば8人で一日雑用するよりも収入が大きいらしいので、収入面を考えるとそっちの方が断然いい。

 でも討伐を受けられるのはケインとマリクルの二人だけ、怪我をするのは出費に繋がるので怖い所。

 ただ、盾役のマリクルは年齢から考えると破格と言っていいレベルで盾を使いこなしてるし、私の造った装備のお陰で致命傷になるような怪我はそうそうしないだろう。

 そうなると問題は装備面で劣るケインなんだけど、こと、身体を使う事においてケインは天才的だ。

 毎日の稽古で目を見張るような速さで強くなってるらしい。あと、時々ニールの泊まってる宿に行って稽古をつけて貰ってるらしい……と言うか、ニールが戻って来てるって事はベクターさんも戻ってきてるって事かー……魔物の掃討、平気なの? ……まあいいか、孤児院に問題がないなら私は関係無いし。

 ……それはそうと、ベクターさんもケイン達に絡んでるのかね?

 いや、仮にベクターさんがケインやマリクル達に声を掛けてるのだとしても、それを受けるかどうか決めるのは当人達次第だからなあ……出来ればあまり関わって欲しくは無いけど、出世の道と考えると、うーん……

 いやいや、一応トリエラ達のパーティーはケイン、マリクル、トリエラの三人による合議制らしいし、あんまり怪しいと思えばマリクルとトリエラが反対するだろう。ケインも帰りの時のマリクル達からの説教で多少は考えるようになったみたいだし……なったよな?


 ちなみに寒いのが苦手なクロは家に帰ると部屋のベッドで毛布に包まって丸くなってるか、お風呂場で湯船の上に板を載せて、その上で丸くなってるらしい。猫か! ……ああ、猫か。

 アルルは時間があるときは料理の研究。ボーマンも稽古の後は混ざるらしい。とは言っても食材を無駄にするような事はしてないという事なので、安心。今度様子でも見に行こうかな?

 私の方? いや、私は別に報告する事無いし……今日まで工房から一歩も出てないし、半人前達の監督業は別に言う事でもないしなあ。


 と、そんな感じで色々お話をして、昼前には解散した。


 うーん、早く帰って何か食べよう……炊き出しのスープだけじゃ全然足りない。年末年始は屋台も出てないから、食べ歩きも出来ないんだよね。


 雪のちらつく中、足早に工房へと帰った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 年越しそば良いなあ。お餅も食べたい。
[気になる点] アルノー親方が王族関連で受けてた依頼がどんなものだったのかちょっと気になりますよね。儀礼剣なのか宝飾系なのか実用品なのか…。
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