120 クロ、恐ろしい子!
今日も今日とて帰りの車中。何もしないでいいのって楽でいいよねー、って普通は思うんだろうけど、実際は非常に居心地が悪い。往路でお世話になったからとかどうでもいいから、私に料理を作らせろー!
「あー、早く家に帰りたいなー」
「ん。早く帰りたい」
リコとクロがそんな事を言っている。私も早く帰って鍛冶やりたい。この冬の間に鍛冶スキルのレベル10にしちゃいたい。
うーん、他にも色々上げたいんだけどね……といいつつ、たった今も【結界魔法】使ってレベル上げの真っ最中だったりする。ちなみに野営中も使ってたりする。お陰でそろそろレベルが上がりそうな感じがする。やっぱり地道な努力が一番の近道だね。
「そう言えば、私は見てなかったんだけど、レンって凄かったんだってね?」
「はい?」
え? なに? 何の事?
「防衛戦。マリクル達は城壁の中に避難しないで戦ってたから、レンが巨人と戦ってる所見てたんだよ。それで、帰ってきてから『レンが凄かったー!』って、凄い興奮してた。あ、レンの名前とかは言わないように直ぐ殴りつけておいたから安心していいよ」
「あー」
そう言えばトリエラ達には城壁の中に避難するようにって言ったけど、あの場に居なかったマリクル達がどうしてたのかって知らなかったな。
「なんか、凄い炎の魔法使ったとか、良く分からないけど爆発する攻撃をしてたとか……一体どんな魔法使ってたの? 石飛ばしてたのは『矢』魔法でしょ?」
「炎の方は、『壁』魔法です。私は『炎の壁』って呼んでます。石の方は、『矢』魔法の応用みたいな感じですね。爆発の方は……秘密です」
「あ、切り札みたいな感じ? 聞いたら拙い奴だよね、それ」
「えーと……」
「言いにくいなら言わなくていいよ。切り札とか奥の手は仲間にも秘密にしてるって冒険者は多いみたいだし、私もそうした方がいいと思うから」
むう、申し訳ない……
んー、炸裂弾の方なら教えてもいいかなー、とは思うんだけどね。うん、まあ、魔剣の方を教えるのは流石に無理だけど。
ただ、ダガーの方も、教えるとなるとどうやって飛ばしてるのかって話になるからなあ……結局はだんまりを決め込むしかなくなるんだよね。石礫の方は『矢』魔法って誤魔化せるんだけど。
「すみません……」
「いいよいいよ。ごめんね、言いにくい事聞いちゃって。えーっと、炎の魔法の方は聞いても大丈夫?」
「そっちは大丈夫です」
うん、そっちは別に固有スキル使ってないから、問題ない。
「レンが使った炎の魔法って、巨人を囲って逃がさないくらい大きな炎を出したって聞いたけど、それってどうやったの? スキルレベルが高いとか、そう言う感じ?」
「スキルレベルもありますが、私も【魔法効果増幅】を覚えたので、それを併用したんです」
「えっ!? あのスキルってそんなに凄いこと出来るようになるの!? 私もレベル上げたら同じ様な事出来るようになる?」
おお、ここまで興味深々って感じで黙って聞き入ってたリコが食いついてきた。あー、でもどうだろう? 私の場合は火魔法のレベルは10だし、魔力も高いからなあ……魔法系の才能が有ったとしても普通の人族が同じ事出来るようになるかって聞かれると、なんとも言いがたい。
「んー……どうでしょう? スキルレベルも高くないと駄目ですし、魔力も多くないと難しいと思います」
その上、あの時使った炎の壁にはMPを1000以上注ぎ込んだ。普通に考えたら中々出来る事じゃないと思う。
「なるほど、つまりは頑張れって事だよね? 私、頑張る!」
お、おう。相変わらずやる事が判ってる時は凄い前向きな子だ。結果がついてくるかは分からないけど、努力しないことには何も変わらない。頑張れリコ!
「あ、それとマリクルがなんだかレンの髪の毛の色が変わってたとか何とか言ってたんだけど、そっちも何かやったの? 私達と居た時はフード被ってたから気付かなかったけど」
「えーと、そっちは魔法とスキルの応用で、変装……と言うか、そんな感じで」
「え、そんな事もできるの!? ああ、そう言えばあの時、黒い大きな狼居たけど、アレってレンの狼だったの?」
「ええ、まあ」
とまあ、そんな感じに魔法関連について色々と話し込んでいるうちに今日の野営地に到着。そして竈とかの準備をした後はまたしても暇を持て余す私。みんな楽しそうに色々準備してるのに、私だけ除け者とか……しょんぼり。
することも無いのでぼんやりと野営地を見回していると、私達以外にも隊商っぽい方々の馬車がちらほら。ちなみに全部王都からオニールへ向う馬車で、逆にオニールから王都へ向う馬車は私達だけだったりする。いや、全部振り切って来たんだよね、早く王都に帰りたくって。
ほら、除雪魔道具のお陰で私の馬車の走った後って舗装されるから、付いて来るの楽になるでしょ? それで、最初の方って野営の時に色々聞いてくる人が何人か居たんだよ。面倒だから適当にあしらったけど。
いや、商人からすると冬の間の移動が楽になるって言う点で、冬にも行商出来れば収入が増えるとか、そう言う理由で聞いて来たんだと思うんだけど。でもこう言う魔道具の相場って良く分からないから、今回はパス。
その内気が向いたら適当に特許登録とかするかもしれないけど、今の所そのつもりは無かったりする。お金には困ってないし、面倒だし。
そもそも魔道具の特許って商業ギルドでいいの? うーん?
ぼんやりとみんなの野営準備を見てると、ボーマンが食事の準備を手伝っているのが見える。実は帰路での食事準備、全部ボーマンも手伝ってるんだよね。
アルルにどやされながらも色々聞いて動いてるのを見るに、屋台を出す事は諦めてなかったようで、頑張る事にしたらしい。正直、ちょっと予想外だった。
ちなみにアルルは私が教えたレシピの類はまだボーマンには教えてないらしい。教える時は、ある程度ボーマンの事が信用出来るようになったら、他の人に教えないように念を押してから教える、との事だった。
うん、ケインの取り巻きだけあって、おだてられたら直ぐに調子にのってべらべら喋る姿が眼に浮かぶ。嘗ての三馬鹿はええかっこしいだったので、少し褒められると直ぐ調子に乗ってやらかすアホ達だったのだ。でもまあ、今の所は問題なさそう?
尚、一番の成長株のリューは情報の大切さを理解しているらしく、色々なものをじっと観察している姿を良く目にするようになった。知識や情報は財産だ。聞いても教えてもらえない事と言うのはとても多い。だからその姿勢は間違っていない。
それに分からない事は何でも聞いてくるし、余計な事と言うか、話していい事と悪い事を考えて話すようにしている節がある。これが嘗てのあの馬鹿王の姿とは……孤児院に帰った時も皆に驚かれていた、とはマリクルの弁。
夕食の時、急にマリクルが大声を上げてケインを怒鳴りだした。
「お前、何考えてんだ!?」
「え? だって、そのほうが良いだろ?」
そのまま暫く続くマリクルの罵声。聞こえてきた内容から、ケインがまたアホなことを考えていた事が判明した。
……どうやら、孤児院の経営権の買取についての話を色々話し合ってる時に、ケインが私の雇用契約書についても商人に直接交渉するつもりで居たと言う事が判ったらしい。
いや、あのさぁ……何の為に私がこそこそと逃げ回ってると思ってるの? もう、本気でありえない……
その後、トリエラとアルルも加わっての大説教大会の開催と相成った。何の為にトリエラ達が孤児院で口をつぐんだのか、何故レンが街に入ってこなかったのか、そんな事を懇々と説教していた。
私? 私はゴミを見るような目で一瞥くれた後、一言嫌味を言って後は視界に入れないようにして無視してたよ。
『なるほど、まさか私の事を売って経営権を買おうとしていたとは、予想外でした』
私がそう言うと、自分がやろうとしていた事がどういう結果になるのか漸く理解したらしく、真っ青になって私に言い縋ろうとしてきたんだけど、マリクルに怒鳴られて地面に正座させられて寝る時間になるまでずっと怒られていた。
あ、周りの人達が寄って来たり盗み聞きされたりしないように結界と風魔法を併用して遮音しておいたから、その辺りの事は大丈夫。私、成長した!
ちなみに【結界魔法】は巨人を倒した後にLV5になってました。
「あ、レン……その、俺……」
翌朝、ケインが話しかけてきたけど完全に無視。寄って来んな。
その後、朝食の時にケインは一人だけお通夜状態だった。マリクルにも無視され、ボーマンは色々と考え事と言うか反芻してるし、リューに至っては昨夜の私の様に白い目でケインの事を見ていた。
朝食も終わり、野営の後始末も終わると今日も高速馬車移動開始。このままのペースで行けば夕方には王都に着けるかな?
馬車移動中は御者席の男子達は色々話し合いをして、やって良い事と悪い事など情報の整理と共有をしていた様だった。男女間でのそれは夜にトリエラとマリクルで行っているらしく、段々とケインの肩身が狭くなってる様だ。アホだし、仕方ない。
昼時に馬車を停めて軽食の準備をしていると、トラブル発生。魔物が寄って来たのだ。
数はオークが一匹。はぐれて飢えた個体の様だ。ちなみに、今回の旅程において私は馬車移動時に魔物避けは使っていない。
冬場はそんなに魔物と遭遇することは無いし、仮にエンカウントしても数は少ない。もし多かったとしても手に負えない程の数と言う事は稀だし、例え多くても飢えて弱ってる場合が殆どだ。飢えで凶暴化してる時もあるけど、注意していればどうとでもなる。
それに最近はベルもしっかりして来たので、ベルの経験稼ぎにも丁度良いと判断しての事だったりする。私の守りにはノルンが居るし、私は結界だって張れる。何も問題はない。
でも今回は私の出番は無し。なんとトリエラ達だけで頑張るというのだ。
装備も整ったし、孤児院で先達の指導も受けた。そして、全員防衛戦で戦闘経験も得たので、自分達だけで何処までやれるのか、試して見たくなったって所かな。
うん、まあ……やってみると言うのなら任せてみよう、と言う事で私は見学する事になった。ノルン達も待機。いざとなったら手を出すつもりだけど、頑張れ。
戦端はオークから。勢い良く突進してきた。だけどそれはマリクルに邪魔される。マリクルは盾を上手く使い、完全に抑えている。かなりの体格差があるのに、これは凄い。
マリクルがオークを抑えている間にリューとボーマンが左右から展開し、マリクルのシールドバッシュでよろめいた所に攻撃を加えていく。狙いは腕と脚、攻撃力と機動力を奪うつもりらしい。
ちなみにボーマンの武器は大振りの棍棒だ。私の冗談を真に受けて自作したらしい。でも剣の様に難しい技術も必要なく、上手く当てることが出来れば本人の立ち回りだけでかなりダメージを与えられるという事で、何気に気に入ってるとの事。
なんなら将来的にメイスとか斧とかを使うのもありなのではないだろうか? 全員剣装備よりは打撃武器も有った方が戦術的に広がりが出るだろうし。
ケインは一歩下がった所で三人に指示を出しつつ、時折接近して一撃加える。何気に攻撃を加えるタイミングや狙いは的確で、むかつく。
ケインよりも更に一歩引いた所にトリエラ。トリエラの武器はショートスピアなので、ヒットアンドアウェイで腕の関節や喉を狙ってちまちま刺していく。いいぞもっとやれ。
アルルはオークが攻撃しようと腕を振り上げたりした所にスリングで石を当て、攻撃をさせないように注意を逸らしている。練習したのか命中率がかなり高く、当てるタイミングも中々的確だ。
リコはトドメ担当。完全に動きを止めてからマジックアローで頭部を破壊する予定らしい。
そして、クロ。姿勢を低くしてとんでもない速さでオークの足元を駆け回り、ざくざくと脚を切りつけて機動力を削いでいく。回避力も凄まじく、フレンドリーファイアも余裕で回避。まったく攻撃が当たらない。正直な所、クロ一人でも十分じゃない、これ?
ほぼクロ一人でオークの機動力を奪い、野郎共で腕を使えなくした所でリコがマジックアローを放ち、オークの頭部の上半分が吹っ飛び、戦闘終了。まったく危なげなく、ほぼ完封と言う結果になった。
この結果に自信をつけたのか、薬草採取の時に襲われても何とかなりそうと言う事で全員大喜び。とは言え実戦はまだまだ不安があるので、時間を作って毎日鍛練を積むと言う事らしい。
ちなみにこの結果に一番喜んだのはケインで、次がマリクル。
二人は来年には13歳になるので、年明けから討伐依頼が受けられるようになるのだ。この辺、冒険者ギルドの規定って適当だと思う。
何にせよ、二人が討伐を受けられる様になる事は、この冬の間にも多少なりとも収入が入ると言う事なので、全員表情が明るい。
とは言え安全第一、怪我だけはしないように気をつけながら頑張るとマリクルが言っているので、きちんとアホを抑えてくれることを祈ろう。
ケインが怪我しようが死のうがどうでもいいけど、それで出費が増えるとトリエラ達の負担になる。本気で気をつけてもらわないと困るので、軽く注意しておく。
ツンデレ? いや、そう言うのじゃないから、本気で止めて。
そんな事を言ったところ、全員微妙な顔をしていた。私は本気で嫌そうな顔をしていたらしい。
オークを回収し、昼食も済ませた後は移動の続き。予定通り夕方には王都に入れた。当然いつもの様に馬車は途中で降りて、徒歩で入街。冬なので人の出入は減っていて、余り時間も掛からずに入る事ができた。
尚、今日は私はトリエラ達の家にお泊り。広い王都内を移動するだけでも結構な時間が掛かる。そして、王都では夕方以降、時間によっては内壁の門も閉められて移動に制限が掛かるのだ。
トリエラ達の家は第三区画、そして実は高級店であるアルノー工房は第二区画にある。事情を説明すれば通してもらえるとは思うけど、面倒なので今回はトリエラ達に甘える事にした。
途中、大家の家で鍵を受け取り、数週間ぶりに帰宅。
久しぶりに帰ってきた家の中はうっすらと埃が積もっており、まずは掃除か、とトリエラ達は全員げんなりして居た。
でもそこは面倒臭がりの私。『洗浄』一発で解決である。今回に限っては仕方ないので男子の部屋も綺麗にしてあげる事にした。
晩御飯もお世話になり、食後は順番に風呂に入ってさっさと就寝する事になった。皆疲れてるし、当然の事だと思う。
という事でちょっと早いけど、おやすみなさい。
あー、明日には工房に帰って、やっと鍛冶の続きが出来る……ぐう。