117 閑話 とある冒険者の話?
やあ、僕はベクター。何処にでも居る普通の冒険者さ。
え? 嘘をつくな? 別に嘘なんて言って……あ、知ってるの? なるほどね。
んんっ! ……うん。私はベクター・ゲオルギウス・オストラト。ゲオルギウス王国の元第二王子にして現オストラト公爵だ。
……ごめん、もう止めていい? こっちの口調、あんまり好きじゃないんだ。
それでなんだっけ? ああ、冒険者としての僕の事だったね。うん、冒険者と言うのは世を忍ぶ仮の姿、と言う奴だよ。まあ、色々と事情があってね……いや、そう難しい話でもないんだけど。
王族、しかも上の方の王子となると王位継承権の関係で命を狙われる事も多いんだよ。簡単に言うとそれが嫌になってさっさと臣籍降下したと言うだけの話なんだ。
王族としての教育を受けていたから、その義務とか責任とかも理解してるしそれを果たすつもりもあるけど、政争だの謀略だのと、そう言うのに少し疲れてしまってね……元々王位に興味は無かったから、思い切ってみたのさ。
12歳になった頃から身分を隠して冒険者として活動を始めて、15で成人を迎えた時に新たに公爵家を興して貰って臣籍降下。ただ、その直後に冬の主と戦う羽目になるとは思いもしなかったけどね……
それなりに仲良くしてもらってる中立派の貴族に、家の相続権を放棄して自分の才覚のみで成り上がってる人が居てね。その人の真似をしてみただけなんだけど、思ったよりも上手く行った気はするよ。
ただ、王位継承権を完全に放棄出来なかったのがちょっと……多少下がった程度で未だに一桁なのは悩み所かな。
領地経営? そっちは特に問題ないよ。王家直轄領の中でも元からそれなりに豊かな土地を割譲してもらったし、僕の側近は優秀だからね……元々乳兄弟として一緒に育った相手なんだけど、まあ、彼に任せておけば問題はないよ。人手不足で死にそうになってるけど。
え? そんな状況で冒険者なんてやってふらふらしてる余裕があるのか? いや、その人手不足を解消する為の人材スカウトが主な目的なんだよ。
自分の領地で雇い入れる部下だから、やっぱり信頼できる相手じゃないとね? それに困ってる民草を助ける事も出来るし、一石二鳥と言う奴さ……別に、折角の自由を満喫してるって訳じゃないよ? それが無いとは言わないけど。
一応小まめに領地に帰って様子は見てるから、大丈夫。彼は優秀だし有能な人材も増えて行ってるから、まだ後数年は自由にあそ、じゃない、冒険者をするつもりさ。別に遊んでる訳じゃないからね?
それにね、これでも隠れてあくどい事をやってる商人なんかも結構捕まえたりしてるんだよ。行政の手も中々ね……
そう言えば先日、王城に戻った時に久しぶりに会ったアイゼンシュタイン卿が『コウモンサマ』とか言ってたけど、あれってどう言う意味だろう? 今度会った時にでも聞いてみようかな。
ちなみに僕は今、数人の仲間と組んで活動してる所でね。
殆どは年下なんだけど、そのうちの一人と何となく馬が合ったと言うか……一~二年位前だったかな? 冬の主討伐で名前が売れちゃって、それで周囲が騒がしくなったのが嫌になってしまってね。王都から離れてムバロ領の領都で活動してる時に偶々会ったのが始まりだったと思う。
その時に会った何となく馬が合った冒険者の少年、ニールと言うんだけど、色々あってそのまま彼と組んで活動する事になったんだ。
最初のうちはニールと話し合って方針を決めたりしていたんだけど、いつの間にか僕がリーダーになってたのは苦笑いしてしまったけど。
とは言っても常に一緒に活動してる訳じゃなくて、実は他にも幾つかのパーティーとも活動してたりするよ。本来の目的は人材を集める事だから、そこはね? でもまあ、メインはニール達との活動なんだけどね。
一応紹介もしておこうか?
まずはニール。
彼は剣士志望だね。一応僕が正規の剣術を教えてはいるけど、なかなか筋がいいよ。まだ1年ちょっとしか教えられてないのに、色々自分で考えて努力してるのがいいんだろうね。このまま行けばかなり強くなるんじゃないかな?
次にコリー。
彼女はニールの姉で……なんだろう。小器用に何でもこなすけど、これと言って秀でてるものがあるわけじゃない。今の所は一応スカウトをこなしてるけど、バランスを考えると槍とかを使って中衛に回って欲しい所ではあるかな。ただ、僕に色目を使うのは止めて欲しい。
最後にテス。
テスはニールの恋人だね。昔、村に来た錬金術師に少し手ほどきを受けていたとかで、少しだけだけど調合が出来る。お陰で回復薬に掛かるパーティー費用が少しだけ減らすことが出来てる。
錬金術を習った事で魔法にも興味がある様で、時間を見て偶に魔法を教えたりしてるよ。
三人とも農民上がりだけど、思ったよりも優秀だと思う。特にニールはこのまま成長してくれれば部隊の一つは任せたい所だね。後の二人は……これからの伸び次第かなあ?
あ、実はこの三人以外にももう二人、数ヶ月前にメンバーが増えてるんだ。
一人はアーバイン。
弓使いでスカウトもこなす優秀な後衛だね。元は下位貴族の三男坊だとか……
もう一人はギリアム。
大盾装備の重戦士で、まあ、肉壁要員かな。でも彼のお陰で戦闘は一気に安定したよ。
ちなみにこの二人は配下として勧誘済み。快く了承してもらえたよ。後はニールにも少し話はしたけど、こっちは色々悩んでるみたいだね。まあ、時間はまだまだあるから存分に悩むといいよ。
ああ、それと一人気になる子が居るんだよね。
以前、ニールに話を聞いた子なんだけど、ニールの故郷の村の周辺の森に住んでいる魔女で、どうやら優秀な錬金術師らしい。
なんでも、致死率の高い流行病を僅か一日で完治させてしまうような薬が作れるのだとか。
その時には縁があれば会って話をしてみたい、と言う程度にしか考えていなかったんだけど、その数ヵ月後に実際会ってみて、これはなんとしても引き入れたいと考えるようになったよ。
その時活動していた街の孤児達の面倒を見て、その生活を向上させたり、オーガを単独で倒したり、毎回大量の薬草類を採取してきたり……他にも、宿屋で見た事も無い料理を披露した事もあったらしいね。
それにアーバインとギリアムも彼女に助けられた事がある、と言っていた。
当時、オーガの群れの討伐依頼が出されており、いざ討伐に向ってみれば実はその群れはロードの統率する群れで討伐隊は一転、窮地に。
二人は凶暴化したオーガに追い回されて危うく死ぬ所だったらしい。そんな二人を助けたのが彼女なのだという事だった。
ただ、彼女を勧誘する上で問題点が一つ。ニールとの関係だ。
どうやら、ニールが里帰りしていた時のいざこざで彼女の不興を買ってしまったらしく、また、ニールも融通の利かない所があった為に色々と拗れてしまったらしい。
……まあ、ニールの方は自覚が無いようだけど、明らかに彼女に好意を持ってるのが丸分かりで、それで態度が変になってしまったのが原因なんじゃないかな、と思うけど。
問題の彼女、名前はレンと言うらしいのだけど……色々話を聞いたり、実際に少し話をしてみてわかった事だけど、彼女は非常に面倒臭い性格の人物のようだった。
この手の人物は下手に押すよりも少しずつ縁を深めていく方がいい。そう思い、偶然を装って挨拶をしたりして、徐々にお近づきになろうとしていた矢先に急に街から居なくなってしまったんだ。
ニールも少し落ち込んでいたようだけど、彼の伝手では情報は集まらなかった様で更にがっくりとしていたね。
僕の方は窓口業務を担当していたギルド職員から聞いた情報の断片から、どうやら王都に向ったらしいと見当をつけた。
王都か……今年の冬の主討伐の関係で、そろそろ向おうと思ってた所だったから丁度いい。別段付け回して勧誘するつもりは無いけど、せめて顔見知りから知り合い程度にはなっておきたいかな。
ただ、結局王都に着いたのは数ヶ月ほど後になってからだったけど。
いや、僕も遊んでる訳じゃないからね? 色々とやる事があるんだよ……領地の様子を見に帰ったり、他の人材を勧誘したり。
それに王都に着いた後も討伐の為の装備を整えるのにあちこち顔を出したりしないといけないし……一番気に掛かってる事ができないと言うのは、あんまり面白くないよね?
王都に着いて数日後。
城に顔出しして父上……陛下に話を通して、対冬の主用の魔剣の素材の都合も付けた頃には丁度収穫祭の時期だったから、そこで一旦一息つこうと全員自由行動にして祭りを楽しもう、と言う事になったんだ。
僕も色々楽しんだ後、最終日の武術大会に出場してみたりもした。
その試合中、誰かが僕のステータスを覗こうとした感覚があったりしたんだけど、こういう大会だと誰しも相手の情報を得ようとするものだからそんなに珍しい事でもなし、そもそも【偽装】スキルと魔法の装備品で色々誤魔化してるから、僕の正体がばれるという事はまず無い。
でも、ニールとの試合の時に【偽装】を見抜かれたような嫌な気配を感じた気がするんだけど、あれは気のせいかなあ?
とまあ、そんなちょっと気になる事があったりもしたけど、その後の意外な再会でそんな事はどうでも良くなってしまったんだ。
収穫祭が終わってから数日後。対冬の主用の剣を依頼する為に以前の冬の主用の属性剣を打って貰った鍛冶師の元を訪ねた所、そこであの少女と再会したんだ。
以前会った時とは違ってフードを下ろしていたから最初は分からなかったんだけど、変な顔をしていたニールに教えてもらって漸く気付いた。
いやはや、フードの合間からちらちら見える限りでも綺麗な顔立ちをしているな、とは思っていたんだけど、まさかこれほどとは……
でも驚かされたのはそれだけじゃなかった。なんと彼女は、アルノー氏よりも強力な魔剣が打てると言うんだよ。
属性剣どころか、魔剣? この子が?
アルノー氏は王都でも、いや、王国どころか近隣の国を含めても1~2を争うほどの腕を持つ鍛冶師なんだ。話を聞いていると、どうにもその彼自身が自分よりも上と思ってる節があると言うのは……それも、いくらなんでもこんな子供が?
その後も二人のやり取りを聞いていると、アルノー氏と彼女自身の態度から見てもどうやら彼女が魔剣を打てるのは間違いないようだった。
最初は半信半疑だったけど、アルノー氏でも前回以上の剣を打つのは難しいと言う事だったから、駄目で元々と思って気乗りしていない彼女に何とか頼み込んで、依頼する事は出来たんだけど……
いや、まさかあれほどの魔剣を作れるとはね……幾らなんでも【ウェポンスキル】付きの魔剣とか、普通は予想出来ないよ?
王都周辺の平野部で試し撃ちしてみたけど、あまりの火力に変な笑いが止まらなかったよ。
セットで造ったと言う魔法の盾もとんでもない事になってるし、おまけと言っていたマントも色々凄い事になってて……後からニールに聞いた話だけど、その日の僕はずっとニヤニヤしてたらしい。気をつけないと。
ともあれ、これは何が何でも彼女とお近づきにならないと拙い。これほどの剣を打てる魔剣鍛冶師が他国に渡ってしまったら、なんて考えるとゾッとする。
それに彼女は他にも色々なものが作れるようだし、ここは約束通りにしっかりと護衛をつけておかないとね。
その後、陛下に話を通して王家の暗部を一部借り受ける事が出来たのは幸いだった。先に見つけたのは僕だから交渉の優先権も僕の方を先にしてもらったし、仮に僕が失敗しても陛下の方から交渉する筈。まあ僕が勧誘に成功しても結果的には国への還元はされるし、陛下としても利益が有るならそこまで拘りはしないだろう。
さて、その後は護衛に付けた暗部からの報告を受け取りつつ、冬の主討伐の準備も怠らずにしっかりと続けたよ。
Dランクのニール達は討伐主力部隊に混ざって後方支援部隊に配置するし、Cランクに上がったばかりとは言えアーバインとギリアムには取り巻きの相手をしてもらわないといけないから、武器も防具もしっかりと準備した。
ニールは例の彼女の打った剣が欲しい、と僕に相談してきたけど、あの子の性格を考えると難しいんじゃないか、と言うと大人しく諦めた様だった。いや、でもニールの剣もアルノー氏のオーダーメイドだからね? 今の君の実力だと正直、過ぎた逸品だよ?
その後、いざ冬の主の討伐戦が始まってみればトラブルの連続で、予定通りとは行かなかった。
冬の主を倒す為に、結局【ウェポンスキル】は最大使用回数の4回を使いきり、僕は魔力を使い果たしていた為に残存する取り巻きの相手も、街の方へ向った巨人とその手下共の追撃にも参加出来なくなってしまったんだ。
冬の主、フロストサラマンダーとの戦いで負傷していたのもあって、街に戻れたのは帰還する仲間達に背負われての事だった。
ただ、予想を遥かに超えて強力になっていた冬の主を倒した事で、僕のステータスやスキルは飛躍的に成長を遂げていた。
想像以上の成長振りに、これで下手に担ぎ上げられたらまた面倒な事になるかもしれないと今後の城での立ち回りも気を付ける様にしようと考えていたんだけど、そんな時に思っても居なかった礼を言われる事になって困惑する羽目になってしまったんだ。
なんでも、二匹の黒い狼を連れた強力な魔導師が単独でフロストジャイアントを倒してしまったのだと言うんだよ。しかも本人が言うには、その魔導師を手配したのは、僕なのだとか。
その魔導師は狼に跨り、美しい銀の長髪を靡かせて戦場を駆け回り、魔物の群れを殲滅して回った挙句、氷の巨人の攻撃を何度も防いだ上に、その巨人を倒すと颯爽と去って行ったらしい。
長い髪、二匹の狼。口元はマフラーで隠していたらしいし、髪の色も狼の色も違うけど、恐らく彼女だろう。どうにも色々な事が出来る様だし、僕の様に【偽装】スキルで変装が出来ても不思議じゃない。
それにしても、なにかするんじゃないかとは思っていたけど、まさか直接手を貸してもらえるとは思ってもみなかった。これでは借りばかり出来てしまって、勧誘するにも分が悪い。
それにしても、フェンリルを従え、国宝級の魔剣を造れて、錬金術師としても優秀らしくて、どうやら料理の腕も凄い事になってると思われる上に、卓越した魔導師でもあるとか、ちょっと盛りすぎじゃないかい?
どうしたものかと首をかしげながら、取り敢えず彼女への報酬として巨人の魔石位は交渉して分捕らないと駄目かな、と考えていたら、どうやら僕はまたニヤニヤしていたらしい。ニールに肘で脇を小突かれてしまった。
うーん、どうにもあの子は僕の興味を引くね。ついつい口元が緩んでしまう。
魔石を手に入れたらどうやって渡そうか? 直接持って行っても恐らく受け取ってくれないだろう。多分、手を貸してくれた事も認めないんじゃないかな?
そうなると……確か、仲良くしてる駆け出しの冒険者パーティーがいた筈。その子達もどうやらこの街に来ているらしいし、そっち経由で……
さて、これからちょっと忙しくなるかもね?