110 根回し? いいえ、賄賂です。
あーさー。
んあー……眠い……そしてまたしても私が一番乗り。君ら、遠出して野営とか無理じゃない? 死ぬんじゃない?
いや、その辺りは皆自分で何とか頑張ってもらうしかないか……あれ? 冷静になって考えてみると、あのボロテント一つしかなかったって考えると、私が同行してなかったら皆本気で死んでた? うわ、よく同行した、私! 偉い!
とは言えあの子達、ちょっと後先考えて無さ過ぎててやばい気がするので、後で説教でもしておかないと拙い気がする。
それはさておき、一人馬車の外に出て身支度。と言ってもいつも通り【洗浄】一発で完了だけど。
ちなみに毎度の事ながら馬車の外ではフードでガードしてたりする。ついでにマフラーで口元もガード。長い前髪に眼鏡も合わせて鉄壁の守りである。
ああ、そうそう。マントは色々アカンので昨夜の内に外套に改良しました。二重構造になってて腕を出したりできる様になってる奴。インバネスコートとかそう言う奴ね。いやほら、雪が降る中で普通のマントで作業してると前面が開いて服が濡れるというね……。
今まで気付かなかったとか、間抜けすぎる、私……。ほら、雨の日とか普通に引き篭もってたからね……。
でも普通は雨の日とかわざわざ出かけないし、仕方なくない?
自分の間抜けさに少しへこみつつ軽く辺りを見回すと、かなり雪が積もってて普通にやばい。夜半に降雪量は大分減ったみたいだけど、それでも私の胸の辺りまで積もっててやばい。と言うか馬車の扉開けるのが普通につらかった。
取り敢えず馬車とテントで囲ってる焚き火跡周辺の雪を【ストレージ】に収納して除雪して脱出。
むう、テントも半分位埋まってるけど、凍死したりしてないよね……? 一応防寒というか、ちゃんと密閉はしておいたんだけど。
生きてればその内起きて来るだろうから、取り敢えず焚き火跡に火を起こして薬缶でお湯を沸かす。薬缶も一つじゃなく三つ。9人も居るから、お茶のお代わりとかで直ぐ無くなるのだ。
うーん、馬も埋まってる……お湯が沸くまでの間に周りの雪をなんとかしようか。とは言え離れた所にそれなりの数の馬車が止まってるし、その周辺にも大きいテントが幾つも立ってる。私達以外にも複数の隊商が野営してるので、実はそれなりに人が多い。
と言う訳でいつそっちの人達が起きてきても不思議ではないので【ストレージ】は使わずに火魔法と風魔法を併用して使って熱風を起こし、雪を溶かしていく。
ついでにノルン達に朝御飯も与える。今日は調理済みのオーク肉の塊。流石に雪の中を狩りに行かせるのもねえ? いや、当人達は行きたがってたんだけど、警戒もお願いしたいから我慢してもらった。
馬車の周囲も雪を一通り溶かし終わった頃にリューが起きてきた。こやつ、相変わらず朝は早い。いや、良い事だけどね? こう言う所は不寝番向きかもしれない。
「お、おはよー、レン」
「おはようございます。相変わらず早いですね」
「あー、前に木剣貰ってから朝飯前に素振りするようになって、早起きするの完全に習慣になったんだ。でも今日はどうするかな……」
「やめたほうがいいと思いますよ。汗で身体が冷えて風邪を引くと思います」
「うーん、やっぱりそうだよなあ……仕方ない、旅の間は諦めるしかないかー」
焚き火の火を強くしながら雑談しつつ、ぼちぼち朝食の準備も始める。おしゃべりしながらもリューは身支度を進めている……ちらりとリューを見てみると、腰には短身の方の剣が。
「剣、身に着けてるんですね。もう一振りはどうしました?」
「一応野外だし、警戒はしておいたほうがいいだろ? レンの従魔が居るからあんま意味ねーかもだけど。長いほうは邪魔になるから荷物と一緒にしてあるよ。つっても野営のときはテントに持ち込んでるけど」
うーん、色々考えるようになってるなあ……偉い偉い。
「あ、飯の準備? 薪足りるか? 取って来るか?」
「昨日集めた分で足りますから、大丈夫ですよ。それよりも調理を手伝ってください」
「え? 俺がか? 俺で大丈夫か?」
「食事の準備って全員で持ち回りでやってるんでしょう? 経験を積むと思って手伝ってください」
「う……分かった、頑張ってみる」
「なにか食べたいものありますか?」
「え? 俺が食いたいもの?」
「はい。食べた事が無い物で食べてみたい物とかでもいいですけど」
「いいの? マジで!?」
「はい」
「え、じゃあどうしよう……前に食わせてもらったあれもいいし、あれも……ああ、でも色々聞いた奴も食ってみたいし」
む、考え込んで悩み始めた。時間かかりそうだし、適当に作り始めておこう。取り敢えず、寒いしがっつり食べて体力付けておきたいし……よし、前に作った肉団子のスープでも作ろうか。
「リュー、これで挽肉作ってください」
「お? うん、分かった……もしかして、前に作ってくれたスープ?」
「はい」
「あれ、凄く美味かったよなあ……」
ニヤニヤしてるリューが挽肉を作ってる間に野菜を刻んだり鍋を火に掛けたり。うーん、お米は炊いてあるのが有るけど……
「リュー達はパンとか持ってきてます?」
「ん? 固焼きパンは持ってきてあるぞ」
じゃあそれでいいか。私も適当にパンにしよう。となると後はおかずだけど……
「食べたいものは決まりました?」
「うーーーーーーーーん…………食べてみたいのが多すぎるし、見かけただけでよく分かんなかったのもあるし……」
「……じゃあ、前に勉強見てた時に作った肉のサンドにしましょうか」
「あ! いいな! あれもすっげー美味かったし! じゃあそれで!」
ふんむ。じゃあフライパンを出してあれこれ準備。手の空いたリューには全員分のパンを持ってきてもらって薄切りにしてもらう……何気に危なげも無くやれてる辺り、色々努力の後が見られる。
薄切り肉をおろし生姜のタレに漬けてる間に肉団子も焼き上げてスープに投入。後は煮込むだけ。
さて肉を焼こうか、と言うタイミングでトリエラとマリクルがほぼ同時に起きてきた。
「二人とも、おはようございます」
「あれ? レンだけじゃなくってリューも?」
「……リュー、お前が手伝ってたのか?」
「おー、二人ともおはよー。俺だってやる時はやるぞ?」
「……ちゃんとできてるのか? 不安だ……」
「それはひでーよマリクル!?」
「味付けとかは私がやってますから、大丈夫ですよ。リューには下拵えとかを手伝ってもらいました……刃物の扱いも思ったよりもしっかりしてましたね」
「う……リューがレンに褒められてるとか……やばい、私もっと頑張らなきゃ」
「トリエラもひでえよ……」
おおう、リューが涙目になってる。でも過去の行いが色々とあれだからねえ?
なんやかんやとやっているうちに女子も全員起きて来て食事の準備も終わり、マリクルが未だに寝てるケインとボーマンを叩き起こして朝食タイム。朝からがっつりと食べられて全員満足そう。
ちなみに私が食事の準備をしてる間に周囲の隊商の馬車からも人が起きて来て、色々と準備をしていた。恨めしそうにこっちを見てた人もちらほら。匂いの所為ですね、分かります。
食事が終わったらお茶を配り、説教タイム。
考えの甘さや準備の足りなさ等を懇々と説教した。実に30分以上。全員が涙目になって俯いていたけど、まだ足りない。いや、君達全員死ぬ所だったからね? 本当に分かってる?
「帰ったらギムさんに頭を下げて、野営のやり方を教えてもらうようにしてください。不寝番の練習もちゃんとするように。そもそも、こんな冬の長距離移動で……」
「おいおい、お嬢ちゃん、もうそのくらいにしてやりな! そいつらもいい加減理解しただろうさ」
……誰? 髭面のおっさん? って、隊商の護衛っぽい人か。
「……まだ言い足りないんですが」
「いやいや、もう一時間近く説教してるだろ? 涙目になってるし、もうその位でいいんじゃないか?」
「……そうですね、じゃあこれで終わりにします。みんな、ちゃんと理解しましたか?」
「反省してます……」
「申し訳ない……」
「ごめんなさい……」
うーん、本当にちゃんと分かってるの?
「くっくっくっ! 色々きつい言い方だったが、横から聞いてた分には全部正しい事言ってたからな? ここ迄心配してくれる奴なんざそうそういないんだから、お前等ちゃんと感謝しとけよ?」
「はい、分かってます……」
んー、表情を見る限り、ちゃんと反省してるっぽい? とは言え見ず知らずの人に注意される位に説教に夢中になってしまっていたとは……周囲を見ると隊商の人達も食事を終わらせて出発の準備を始めてるようだし、私達も準備もしないと拙いな。
「態々声を掛けてもらってありがとうございます。危うく準備が遅れる所でした」
「いや、気にしないでいい。こういう状況だ、お互い様って奴だ」
おお、このおっさん、いいおっさんか。こういう人には恩を売っておくべき?
「お礼と言うわけではないんですが、こちらをどうぞ」
鞄から小さい小包を取り出して手渡す。
「なんだこれ?」
「飴です、甘味ですね。移動しながらでも食べられますので、是非」
「うお、マジか? いいのか?」
「はい。その代わりという訳ではないんですが、この子達を見かけたら気にかけて貰えると……」
「ははは、分かった、任せておけ。大したことは出来んがな!」
うん、効果があるかは分からないけど、顔は繋いでおいて損は無いはず。それをどう生かすかはトリエラ達次第って事で。
そんな感じで会話も切り上げて急いで移動準備。とは言ってもそれほど時間がかかるわけじゃない。さっさと準備を済ませて移動開始だ。
ちなみに今日からは全員馬車に乗せて移動する。流石に昨日の移動速度だと遅すぎてかったるい。実際、昨日もガンガン抜かれまくってた。
王都滞在中の改造で馬車も馬も以前よりも大型化してあるので、頑張れば中にも五人、御者席にも四人乗れないことは無い。ちょっと狭いけど。
中は一応、横並びに三人は座れる横幅はあるから何とかなる。御者席は、一人は後部スペースに体育座りすれば何とか? 但しベルと相席なので落ち着かないかもしれない。怒らせたら噛まれるかもしれないけど、そこは何とか我慢してもらう。
と言う訳で女子は中、男子は外。交代は無し。文句は言わせない。
全員乗車によって移動速度が上がり、周囲の馬車と同程度の速度で進めるようになった。まあ本気で速度上げたら余裕で2~3倍以上の速度出せるけどね。やらないけど。
単独移動よりは複数の隊商と同道できるほうが安全度はぐっと増す。なによりこれだけ大規模だと流石に盗賊は襲ってこない。精々が飢えたゴブリンや痩せ狼位の筈?
安全が確保されているとは言え、昨日と同じ様にある程度進む度に小休憩を取る。それは私達だけではなく、周囲の隊商も同じ。雪が積もったり、泥になってる街道を進むのは馬への負担も大きいから、当然の事だ。
ちゃっかり同道して私達は図らずも護衛費用を掛けずに安全確保してたりするわけで、でもそんな寄生プレイは正直気まずい。という訳で小休憩の度にお茶を配って回る。
私は水魔法で大量のお湯が出せるので、お湯を沸かす手間が掛からない分早く提供できるし、火を起こす手間も要らない。軽食? 流石に食料提供はちょっと……そっちは自腹でお願いします?
そんな地道な賄賂効果により、一番大きな隊商のリーダーの商人さんからも多少の目溢しはする、との言を頂いた。ありがたい。
私の地道な活動を見てトリエラ達も根回しの重要性を理解したようで、お茶を配る手伝いをしてくれた。でも状況と相手は選ばないと駄目だからね?
途中、飢えたゴブリンの群れ、と言っても十数匹程度に襲われたりもしたけど、隊商の護衛の人達が蹴散らしていた。
こちらからも一応盾持ちのマリクルと剣装備のリューが降りて警戒。ケインとボーマンは御者をしているという事になってるので降りずに待機。いや、馬ゴーレムは私が制御してるからあくまで振りなんだけどね?
女子メンバーは降りない。まともな武器ってトリエラのショートソード以外無いし。とは言え一応私は降りて警戒する。というかノルンにお願いして迎撃に行って貰った。ベルは馬車の警護ね。
ちなみにノルンだけで半数以上のゴブリンを蹴散らしてた。護衛や隊商の商人さんもドン引きの活躍でした。流石私の女神である。
その後も順調に旅程は進み、次の野営地に到着。
各隊商の面々も夜営や食事の準備を始めたので、私達も準備に取り掛かる。基本的には昨日と同じで、テントの配置も昨日と同じようにして手隙の面々は薪集め。そして私は食事の準備。
んー、今日は何にしようか……汁物は確定として、おかずを作るのは面倒臭いなあ。具沢山の汁物と、パンかおにぎり? んー……豚汁でいいかな、野菜も沢山摂れるし?
あ、小麦粉で団子作って入れてすいとん風にしちゃおうかな。これなら単品で済むし、肉も入ってるから文句無いでしょう。
ドーンと寸胴鍋を二つ用意。周囲がぎょっとしてるけど、華麗にスルー。小麦粉を捏ねて生地を作り、寝かせてる間に大量に具材を刻んでいき、火の通りにくいものからどんどん鍋に投下。面倒なので灰汁取りは大雑把に。手抜き大事。
具材がある程度煮えたら生地を適当なサイズにちぎって入れて、ある程度火が通ったら味付けし、更にひと煮立ちしたら出来上がり。
うーん、ちょっと多く作りすぎたかも? いや、この子達沢山食べるし、多少食べ過ぎになっても頑張って全部食べるでしょ、多分。
「スゲー美味そうだけど、今日はこれだけ?」
リューが質問してきたけど、不満そうという訳ではないので単純に疑問に思っただけっぽい? だが安心したまへ。
「具沢山なので食べ応えはありますよ。一緒に入ってるこの白いのが主食の代わりです。沢山作ったのでお代わりも自由です」
「マジで!? 全部食ってもいいのか!?」
「残されても困ります」
「うおお、やった!」
寸胴鍋二つ分だからねえ……とは言え、実際に9人で食べきれるかなあ? 今回の器はどんぶりサイズだし、お代わりしても結構残りそうな気もする?
なんて考えてたら今朝の髭面のおっさんが声を掛けてきた。
「なあ、お嬢ちゃん……それ、少し分けてくれないか? すげえいい匂いだし、あんまりにも美味そうでよ……ちょっと味が気になるって言うか? あ、勿論タダでだなんて言わないぞ?」
「はあ、まあ一杯位なら……」
「ありがてえ! えーと、銅貨1枚位でいいか?」
「ちょっと多すぎます。小銅貨5枚で」
「いや、それは安すぎだろう? 8だ」
逆に値上げされるとは……とは言え問答するのも面倒だ。どんぶりを渡しながら応じる。
「分かりました、ではそれで」
「おう! じゃあ早速……むぐ!?」
一口食べたら凄い勢いで食べだした。正直ちょっと目が怖い。
「なんだこりゃ!? こんな美味いもん初めて食ったぞ!?」
「はあ、それはどうも……」
んー、お気に召したらしい? まあお金貰ってるし、別になんでも良いけどね。でもお代わりはないからね?
「すみません、私もいただけませんか? 勿論御代は払います」
「はあ、構いませんが……」
おや、隊商リーダーの商人さんも? いや、別に良いんだけど……この状況なら心象は良くしておいて損は無いし。
「いやはや、そこの彼とはそれなりに長い付き合いなんですが、その彼がそこまで美味いと言うのも珍しいもので……む!? これは、確かに美味しい……」
「そうですか? ありがとうございます。とは言え野営料理なので大分手抜きはしてますが……」
「これで手抜きですか……ふむ、これだけ美味い料理が作れるとは……」
思案顔で鍋を見てるけど、流石に隊商全員に売るとか無理ですからね? この子達も沢山食べますから、その後に残った分なら構いませんが。
と伝えた所、残った分だけでも買い取りたいと言われた。そんなに気に入ったの? まあ残るよりはいいんだけど、んー。
最終的には寸胴鍋一つの3/4程が残り、その中身を譲渡する事になった。お値段は……まあ、それなりに色をつけてくれた。
お腹一杯お代わりしたトリエラ達は満足顔で、あちらの隊商もすいとん風豚汁にありつけた人達は大絶賛だった。
ちなみに同道してた隊商は他にもいくつかあったりするんだけど、そっちの人達は恨めしそうにしてた。
……いや、そんな目で見られても困る。と言うか、他の隊商の人達はお茶賄賂を贈っても好意的じゃなかったので、無視。
こう言ってはなんだけど、さっきの一番大きな隊商のリーダーさんが一番影響力は強いみたいだし、そこに好意的に接してもらえるなら問題はない。ぶっちゃけ護衛戦力もノルンが居れば事足りるし。
二日目はそんな感じで過ぎていった。






































