蜜柑
初投稿です。
まだよくこのサイトの作法、礼儀がわかっていないので粗相があったら申し訳ありません。
誤字脱字文の使い方等、ご指摘お待ちしております。
息を吐けば白く凍るような狭いアパートで、唯一の温もりであるコタツに一組の男女が向かい合って座っていた。
「ねえ、私はあなたと家族になるのが夢だったの」
「もうじき夢が叶うじゃないか」
「そうだけど、そうじゃないのよ」
嬉しげに、顔を輝かせた男とは対照的に、女は寂しげな表情を浮かべゆっくりと慎重に言葉を続ける。
「私達が出会ったのは、いつ頃だったかしら」
「小学3年生の秋だよ。今でもはっきり鮮明に覚えている」
「そう、小3の秋よ。
今思えばあの時から既にこうなる運命だったのかもしれないわね。
両親同士も仲がよくって。夏休みや冬休みには一緒に旅行にいったりもしたわ。
家族になりたいって思うのは自然なことだったのかも。
いいえ、もう、家族も同然だったわ」
ここまで一気に言ってしまってから、ため息とともに目を伏せ黙りこむ。
互いに何かを飲み込むような沈黙の後、男は口を開いた。
「……今になって何が不満なんだよ。
式までもう、後一週間もないんだぞ。
最初はあんなに喜んでいたじゃないか」
それとも、もう僕のことが嫌いになってしまったの。と、目を伏せたままの女に優しく声を掛ける。
「そんなんじゃないの。あなたのことを嫌いになるなんて。
それに、親同士が決めたことだから今さら私が何か言ったってどうしようもないし。喜んであげないと、親不孝だもの……」
男の言葉に目を見開いて激しく首を横に振った女は、しかし、だんだん声が弱々しく震えるのも泣きそうな笑顔も隠せてはいなかった。
「……急なことだったからね。
まさか、僕の母さんと君の父さんとが再婚するだなんて。
でも、悪くはないだろ?昔はよく話し合ったじゃないか。もしも僕らが本当の兄妹だったなら、って」
男と女は数ヵ月ほど前に片親ずつ、事故で亡くしたばかりだった。
急な事故で、よく現実も理解できていないうちに残された親同士の再婚。
もちろん、最初はそれで父の悲しみが癒えるなら、と再婚に喜んで賛成したのだが、そう簡単にはいかない事情が女にはあった。
血が繋がっていないとはいえ、兄妹となってしまえばもう男と結ばれることは叶わない。
それどころかいつか男が結婚し家庭を築く様を間近で見続けなければならないのだ。
「なんで、なんでなのよ?
こんなに急がなくってもよかったじゃない?
兄妹になってしまったら、もう、想いだって告げられないのに。
何でもう少し、待ってくれなかったの?
兄妹になんて、なりたくない……よ」
泣きながらに訴える女。
女が男の前でここまで取り乱すことは未だかつてなかった。
ただ、迫り来るタイムリミットに絶望し、男が少しでも自分と同じ想いを抱いてくれていないかと、なけなしの希望を振り絞って。
涙と鼻水で見る影もない顔を真っ直ぐ男に向け逸らすことなく目を見つめる。
男は複雑な顔をしていた。泣き出しそうで、それでいて決意に満ち満ちた顔。
「……何を言っているのかよく分からないよ。
僕は君と兄妹になれて嬉しいけど?」
窓の外では音もなく大粒の雪が降りはじめていた。
翌朝、二人はそれぞれまったく異なる気持ちを抱え、それを言葉にすることなく純白の中に溶かしてゆくのだろう。
そして、決して交わることのない線の上であっても互いを求め合うことは止めないだろう。




