もう、死ねばいい。
初投稿です。
昨日まで、確かに私の日常はそこにあった。
漫画やドラマのような出来事は起こるはずもない、少し退屈だけど普通で、平和な日常が。
それが、どうしてこうなってしまったのか。
私は、いわゆる隠れオタクの女子高生だった。
恋愛に興味がないわけでもないが、特に好きな人や彼氏がいるわけでもなく、かといって特定の芸能人に夢中になるわけでもなく・・・。はまっていたのは、2次元の男の子。漫画や、アニメや、ゲームの登場人物だった。最近は特に乙女ゲーと呼ばれる、女性向けの恋愛もののゲームにのめりこんでいた。
いったい乙女ゲーの何がそれほどに私の心を捉えたのかといえば、声。乙女ゲーの攻略対象である男の子たちの声をあてる、声優さんの演技だった。
多分、私にはもともと声フェチの要素があったのだろう。思い返せば、テレビで観た洋画の吹き替えでも、好きな声は幼少時から歴然とあった。たまに局によって違う人が吹き替えしていたりすると、コレジャナイ感が半端なかった。少し大きくなって映画館で字幕の映画を観たとき、好きだったはずの俳優がちっとも素敵に思えず、声ありきの魅力だったのかと気づかされもした。
その声フェチが、乙女ゲーに出会った事によって、一気に花開いたのだ。
自分の好みの声が、自分(本当はゲームの主人公だけどね)に向かって、現実ではありえないほどの甘い言葉を囁いてくれる・・・!これはやばい。萌える。乙女がそりゃはまろうというものだ。
私も確実に中毒になっていた。
お気に入りの声優さんの出るゲームは必ず買い、声優さんの「添い寝」CDを聴いて眠った。ダミーマイクのCDとかやばいよ!耳元で囁かれている感じがリアルで、何度ベッドでのた打ち回ったか!全然安眠できてないじゃん、とかいうつっこみはともかく。
それくらい、私は乙女ゲーの声優が好きだったのだ。
それが、私の日常。昨日までの。
今朝、起きたら、世界が一変していた。
最初は気付かなかった。
新作の乙女ゲーを入手したばっかりでつい夜更かししてしまい、寝坊して、朝、弟に起こされて飛び起きたのだ。
「姉ちゃんマジやばいって!遅刻すんぞ」
「!?・・今何時!?・・・って、しまった!!」
焦って弟を突き飛ばして部屋から出、ばたばたと洗顔し着替えて朝ごはんも食べずに玄関から駆け出した。弟にお礼も言わなかったな、と走りながら思った。あれ、そういえばアイツなんだか鼻声だったけど風邪でもひいたかな?
走って走って、やっとバスに間に合った。私はバス通学。このバスにさえ乗り込めば、なんとか遅刻はしなくて済む。ぎりぎりだけどね。
さすがに席は空いていないか。私は乗降口付近の手すりに摑まって、目立たないように窓のほうを向いて立った。バスはすぐに動き出した。女子高生にあるまじき荒い息を何とかおさめようと深呼吸を繰り返していたら、背後から声を掛けられた。
「お前が遅刻なんて珍しいな」
し ん ぞ う が と ま る か と お も っ た 。
動けなかった。
その声に射抜かれていた。
昨夜ほぼ徹夜でやってたゲーム、そのお気に入りの声優さんの声で、私の名前が呼ばれていた。
何これ?どういうこと?
もの凄い偶然だけど、あの声優さん、実はこのバスに乗ってたの?そんなことってあるの?どうしようサインとかお願いしてもいいかな図々しいかなでもこんな偶然二度とないだろうし旅の恥は搔き捨てっていうしこの際思い切って遅刻とかもうどうでもいいあああ握手とかしてもらえたら嬉し過ぎて死ねるやばい爆発しそう!!!
・・・・あれ、でも今私の名前呼ばれたような・・・。
・・・・え、知ってる訳無い、よね・・・?
「どうした?なんか変だな。大丈夫か?」
ぐぎぎぎ、と固まった首を無理矢理動かして振り向けば、そこにいたのは、小学校、中学校からの幼馴染の男の子だった。高校は別になっていたが、路線が同じみたいで、彼も制服姿だった。
「え、なんだ、久しぶり・・!このバスだったの?」
「おう。お前んとこの学校だと、このバス遅刻ギリギリだろう?寝坊か?」
「うん。やっちゃった。・・・ねえ、ってゆーか、声、変わってない?もしかして声変わり、した?」
表面上は普通の会話を装っていたが、私の心臓はバクバクだった。幼馴染の声、それは私が知っていた小・中学校時代と全然違っていた。私の好きな声優さんの声、そのものズバリだったのだ。
それが狭いバスの中、至近距離で私の名前を呼ぶ。普段し慣れない全力疾走をしてきたあげくに乗り物の中でこの責め苦。腰が砕けそうだった。
「ん?声変わり?したかな?自分ではよく分からないけど・・。つか、お前、転びそう。俺に摑まれば?」
やばい。これ以上囁かれたら立っていられない。
だが、私の限界が来る前に、彼の高校の前でバスが停まった。幼馴染は、ふらつく私の心配をしながら降りて行った。
何これ。
中学までまったく普通の友達だったのに、再会したら声変わりとか!どストライクだぞ(声が)こんちくしょう!あの声で私の心配とか!ありえない!惚れてまうやろ~っっ!!
こんな漫画みたいな偶然なんてあるのね。これこそ神様が声フェチの私のために用意してくれた出会いなのかも・・・。
・・・なんて思ってた平和な時期が、私にもありました。
心ここにあらず状態の私が、自分の学校のバス停で降りると、正門はもう半分閉まりかけていて、風紀委員が遅刻の生徒チェックをしようとしているところだった。
「すみません!ギリギリになりました!」
慌てて駆け込んだ私を、風紀委員の男の子が眼鏡越しにちらりと見る。
「学年と名前は?」
「え?」
「・・・学年と名前。ハイ、言ってください?」
「・・・えええ!?」
私が驚いていたのは、彼の発言内容のせいではなかった。
声。
そう、初対面である風紀委員の彼の声が・・・聞き覚えのある声だったからだ。
彼の声は、先程の幼馴染の時とは違う声優、別のお気に入りの声優さんのものと瓜二つだった。
「・・・そんなに驚かなくても、別に今回は遅刻リストには載せません。ただギリギリだったから、念のために控えておくだけです。次は恩赦なしですよ?」
赤い顔をしてしどろもどろに答える私を見て、風紀委員の彼は、怪訝そうな表情をしたものの、そのまま無罪放免としてくれた。
やばい。この声もかなり好き。この声で丁寧語とかツボ!ツボすぎる!!声だけでご飯三杯いけそう!!
朦朧とした状態でなんとか教室の入口まで辿り着いたものの、風紀委員の彼の名前も学年も聞かなかった事に気付き、私は愕然として立ち尽くした。
そんな私の頭を、出席簿でポスンとたたいたのは担任の男の先生だった。
「あっ、先生、すみませ・・・」
「なんだ今日は遅刻スレスレか~?早く席に着けよ~。ほら皆、ホームルーム始めるぞ~!」
ぐはっっ!?
私はむせた。
先生の声が、昨日までとは明らかに変わっている!!
これは、この声は、また別のお気に入り声優さんの声ではないか!!
どういう事!?
ドアの前で驚愕に固まったままの私に、後ろから男子生徒がぶつかってきた。
「あっ悪い、ごめんな」
じぇじぇじぇ!?
そのクラスメイトの声も昨日までとは違う、またまた別の声優の・・・(以下略)。
結論から言うと、その日、私は、乙女ゲーの声優さんにそっくりな声の人に、5人会った。
「あの人、声、変わったよね?」と皆に聞いても怪訝な表情で「・・いつも通りだよ?」と言われるので、どうやら違う声に聞こえるのは私だけらしい。なんでだ。乙女ゲーのし過ぎで突発性幻聴(?)になったのだろうか。
彼らの顔は変わってない。私への態度も変わってない。
なのに声が違うだけで、この破壊力・・・!くっ、私を萌え殺すつもりなのか!?
というか、私の好感度は本当に声のみに左右されている。人格も外見も関係ない。昨日までは彼らのことを本当になんとも思っていなかったというのに。それでいいのか?これは恋と呼べるのか?いくら自他共に認める声フェチとはいえ、乙女として間違ってないか、私!?
それでも、授業中でも、休み時間でも、廊下でただすれ違うだけであっても、彼らの声が聞こえれば耳をそばだてずにはいられない。心拍数は上昇を続け、常にマックスといっても過言ではない。
1日がとてつもなく長かった。
この現象が今日1日だけのものなのか、それともこのままずっと続いていくものなのか、分からない。分からないけれど、このままでは心臓が持たない。私は下校時刻を待ちわびた。
今日は部活も休もう。寄り道もせず、まっすぐうちに帰ろう。乙女ゲーは休んで、さっさと寝てしまおう。そうだ、きっと寝不足だからだ。一晩熟睡すればきっと良くなる。
帰りのバスで幼馴染に遭遇しないよう、充分確認して、私は家に帰り、厳重に戸締りした。
ここまでくれば安心。もう萌え死ぬこともない。
よし寝よう。今日は晩御飯もいらないや。メモでも残して自分の部屋に閉じこもろう。
そう思った時、玄関の鍵を開ける音がした。
あれ、弟かな。帰って来たんだ?早いな。
何の気なしにそう思い、それから、今朝、弟が風邪気味だったことを思い出した。
「今朝はありがとね~。ところであんた風邪大丈夫?」
体温計を持って玄関に弟を迎えに行く。靴を脱いでいた弟が、訝しげに私を見た。
「は?風邪?ひいてないけど?・・・・え、あれ?姉ちゃんこそ平気?顔、赤いけど・・・」
つ う こ ん の い ち げ き 。
弟の声は、私の最愛の声優さんの声になっていた。
主人公、萌え死に確定ですね。
ホームではなく、アウェイでした。