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イカシコロス  作者: 小雨
第一章 逸脱した彼の話
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恋愛ソングとチェリーボーイ

登場人物紹介

・平次…主人公。料理が趣味。童貞

・葉太…コミュ力高め。童貞。

気をつけろと言われたところで何か対策ができるかというと、まぁ言われた通りに集団で下校する程度のことだろうか。

とはいえ一緒に帰るような友人なんて一人もいない僕は、購買の横手にある自動販売機で甘ったるい缶コーヒーを買っていつもどおり一人で校門へと向かった。校庭からは部活動に勤しむ生徒たちの声や、バットとボールが衝突する小気味良い音が響いていた。

すでに桜は散り、季節は初夏に移り変わろうとしていた。

この春ついに最高学年である三年次に進級してしまったのだが、僕は今までと変わらぬ日常を過ごしていた。

朝起きて、学校へ行き、授業を受けて帰宅する。このサイクルだ。

僕はイヤホンを耳に差し込んで周囲の音を遮断すると、音楽を再生した。

音符の洪水と、顔も知らないボーカルの声が流れ込んでくる。


門の周りには集団で帰宅する生徒達がたむろしていた。恐らくみんな友人同士なのだろう。別に発生中の事件の有無に関わらず、普段から一緒に帰っている仲なのかもしれない。

僕はその横をすり抜けるようにして校門を出た。


校門の前はなだらかな坂になっていた。

今日の晩御飯は何にしようか…昨日は魚だったし、今日は肉にしようか。あぁでも肉は週末に燻製にしてみてもいいかもしれない。

料理は僕の唯一の趣味だ。

帰宅してから特にやることもないので、時間はたっぷりあった。いつしか料理に時間をかけることが多くなり、多少凝ったものを作れるようになったと思う。

味もそうだが、何かを創りだすという行為が楽しかった。

「おいってば、平次くん!」

「ひゅわっ!」

いきなり片耳からイヤホンを引っこ抜かれ、僕は驚いて息を飲んでしまった。

不意打ちに飲んでいた缶コーヒーを落としてしまい、カラカラという音が坂を転がっていった。

「わ、悪い…そんなに驚くとは」

着ている制服から、どうやら同じ学校の生徒なのだと推測された。

「い、いや、別に……え、何?」

明らかにオーバーアクションをしてしまった気恥かしさから極めて冷静なフリを心がけたが、もう遅いだろう。てか多分、フリすら出来ていない。まだちょっと心臓跳ねてるし。

「平次くん帰り道こっちなんだろ?俺もなんだけど、一緒のやついないんだよ…途中まで一緒に帰っていい?」

僕の名前を知っているということは、恐らくクラスメイトなのだろう。

「別に、いいけど」

思わずそっけない言い方をしてしまったのは、シイタケ以外の人間と会話するのが久しぶりすぎたからだろう。相手との距離感がよくわからない。

「サンキュ。じゃあなー!」

声の主は振り返ると、校門にたむろしていた仲間と思しき集団に手を振った。

「家どの辺なの?」

「橋越えたあたり」

「そうなん。じゃあそこまで一緒に行こうぜ」

「うん。えぇと…」

「あれ、まだクラスメイトの名前覚えてないの?俺、葉太。よろしくー」

「葉太くん、よろしく。僕は…」

「葉でいいよ、平次くん」


橋までは、徒歩15分くらいだろうか。

一人で登下校する分にはそれほど長くは感じないけど、話したことの無い人と一緒にいるせいか、なんだか緊張する。

何話せばいいんだろう。最近の高校生って、どんな話してるんだろうか。

「どんな曲聴いてんの?」

僕の緊張をよそに、葉は僕の胸ポケットの音楽プレイヤーを手に取るとカチカチといじり始めた。

許可も取らずに、なんてアグレッシブなことをするんだ…と内心思ったが、その動作が自然だったせいか嫌な気持ちはしなかった。

「洋楽ばっかだなー。平次くん、英語わかんの?お、このバンドは知ってる」

「英語なんか全然わからないよ」

わからないからいいのだ。

押し付けがましいメッセージソングなんかは吐き気がしてくる。

「あーわかるかも。俺もあーせいこーせい言う曲は嫌いなんだよな。恋愛ソングなんかも全然共感できないし…って、これは俺の圧倒的経験不足故の僻みかもしれないけどな」

タハハと葉は笑った。

「そうなの?葉、モテそうな感じするけどな」

「おいおい、童貞捕まえてお世辞はやめてくれよ」

葉は笑ったが、僕はお世辞のつもりではなかった。葉の外見は整っていたし、何より話していて楽しかったからだ。

ほぼ初対面の、それも僕のような人間と話せるのだから、誰とだって面白い話ができるのだろう。

にしても、本当グイグイくるな…。長年人間関係におけるコミュニケーションをサボってきたせいか、どんなふうに接していいのかよくわからない。


しかし、よくわからないけどいつしか居心地の悪さを感じなくなっている自分がいることに気がついた。

別れ際に

「じゃあなー平次」

なんて自然に呼び捨てで呼ばれたぐらいでちょっとニヤつきが止まらなくなってしまう僕は、なんてチョロい人間なのだろうと少し自己嫌悪に陥ったりもした。

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