VS 切り裂き魔
秋山平次…奈月のパートナー。
藤間奈月…平次のパートナー。イカスモノ。
切り裂き魔のコロスモノ…以前平次が逃したコロスモノ。
「え」
数週間前の出来事が、脳裏に蘇る。
大きなナイフを持った、赤い目の男。
肉を裂かれる、感触。リアルに感じた、死。
"平ちゃん!"
月の声で、僕は我に返った。
「…あいつ生きてたのか」
"…うん。あの時平ちゃんは、意識がなかったから覚えてないと思うけど…あの時は、退けただけだったんだ"
そうだった。あの時の事はあまり思い返していなかったが、確かにあの時、具体的に何がどうなったのか全く記憶に残されていなかった。月も僕も生きていたという結果だけしか見ていなかった。
脂汗が滲む。
自分を殺そうとした相手にもう一度会うなど、なかなかできる経験ではないのだ。
そんなことには、僕は慣れていない。
"平ちゃん"
月と落ち合ったのは、カレーを作っていた施設から少し離れた林の中だった。
クラスメイトたちの声は、聞こえない。
"気を付けて、すぐ近くにいる"
「…くそっ、よりによってなんでこんなところに…」
林の中は、妙に静かだった。動物の鳴き声一つ聞こえてこない。
自分の心臓の鼓動だけが、妙に大きく響いている。
"…倒しきれなかったとはいえ、相当なダメージを与えたことは間違いないんだ。もしかしたら、この近くで傷を癒していたのかもしれない。そこへ私たちが来たから、本能を刺激されて出てきたんだ"
本能。
コロスモノの本能。
すなわち、人を殺すことだ。
すなわち、この場合は、僕のクラスメイト達を。
"…平ちゃん!"
月の目線の数十メートル先、人影が見えた。
見覚えのある大きなナイフをその手に携えて、じっとこちらを見据えている。
そのナイフからは、赤い液体が滴っていた。
だれの ちだ
この辺りには、僕たちしかいない筈だ。
それは、つまり、クラスメイトのだれかが
特別仲が良いわけではなかった。それどころか、名前もわからない者がほとんどだった。
"平ちゃん、送るよ!"
月の声で、我に返る。
力が流れ込んでくる感覚。
僕は大地を蹴ると、前へ踏み出した。
ナイフを持ったコロスモノは、向かってくる僕の姿を見て笑ったように見えた。
奴らの本能。人を殺す事。
まさに今、こいつは本能に従っているのだ。
強化された僕の身体能力は、あっという間に相手との距離を詰めた。
僕めがけてナイフが振るわれる。その軌跡には、全く躊躇がない。殺すために、ただ殺すために振るわれている。
背筋を冷たいものが走る。死のイメージ。
「…っ!」
振るわれたナイフは、僕の皮膚を裂く。
月の力で、すぐに傷がふさがる。
前へ、出るんだ!
再びナイフが皮膚をえぐる。僕は構わず一歩踏み込み、コロスモノの顔面に拳を打ち込む。拳に嫌な感覚が伝わる。そのまま腹部に蹴りを見舞った。
ここ数週間で、黒から学んだ技術だ。まだまだ形もなっちゃいないが、月から流れ込んでくる力のおかげで威力は底上げされている。
コロスモノは吹き飛んだ。僕は追い打ちをかけんと、倒れたコロスモノの体に馬乗りになる。
この前とは逆の構図だった。
改めて相手を見下ろし、ハッとした。コロスモノは、すでに負傷していた。
これは、まさかこの前の傷…?
僕が、つけた傷か?
打ち下ろそうとしていた拳を、思わず止めてしまう。
拳の感覚が蘇る。
さっきのナイフから流れていた血は、もしかしたらこいつ自身のものかもしれない。
一瞬の逡巡、コロスモノはナイフを持ち直すと、馬乗りになっている僕めがけて突き上げてきた。
反応が遅れた僕の肉を、ナイフは抉り取っていく。
「あっつ!」
思わず飛びのいてしまった僕に、コロスモノはすぐに立ち上がると、容赦なくナイフを繰り出してくる。
皮膚が削られる。たまらず僕は、大きく後ろに飛んで距離を取った。
呼吸が苦しい。深く抉られた箇所は、まだ完全に治癒していないようだった。月からもらった力を一度に使いすぎたのかもしれない。
"平ちゃん!"
月の声が聞こえると、再び力が膨れ上がるのを感じた。呼吸が一気に楽になり、痛みが引いていく。
安心したのもつかの間、コロスモノがこちらに向かってきていた。
普通の人間ではまず動けないであろう傷。自らの負傷の事を全く考えていない動きだった。
「クソッ!」
僕は再びコロスモノと向かい合うと覚えたばかりの体術の構えを取り、コロスモノを迎え撃つための準備をした。




