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イカシコロス  作者: 小雨
第一章 逸脱した彼の話
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研修の終わり

「なにぃぃぃいー、解散だと!?」

歓迎会に戻った僕たちを出迎えたのは、すっかり楽しい雰囲気になってしまった花先輩だった。

「おい平次、まだ夜は始まったばかりだ!もう一軒!」

「ちょ、ちょっと…えぇー………」

この人、いくつだ。それになんだよ、もう一軒て。

いや、柊さんの事もある。見たところ10代後半といった出で立ちだけど、もしかしたら花先輩も見た目通りの年齢ではないのかもしれない。

「花野井君、彼は研修終わったばかりで疲れているだろうから。…ほら平次君も、そろそろ帰り支度をしたほうがいい。明日は学校だろう?」


学校


そうだ、明日は月曜日だった。

静さん始め多くの人になだめられている花先輩の追撃を振り切り、僕と月はバーを後にした。


ガレージにはすでに黒がいて、車のエンジンを暖めていた。

さっきまで部屋にいたと思ったのに、いつの間に移動したのだろう。神出鬼没とは言わないが、意表をつかれた思いだった。

「そんな顔をしないでよー。家まで送ってってあげるから」

来たときと同じように大きな音をたてて、車は発進した。


窓から見える景色がゆっくりと動き出し、やがて猛スピードで後ろに飛んでいく。

周囲はすでに薄暗闇に包まれていた。

僕はぼんやりと、窓の外を眺めていた。


静さんに学校と言われたとき、少し驚いてしまった。

正直なところ、もう日常に戻れないのだろうなと思っていたからだ。

充実した生活を送っていたとは決して言えないけれど、突然新しい世界に放り込まれてしまった僕としては、少なくとも平穏であった暮らしは少々名残惜しい気もしていたのだ。

知ってしまった、日常の裏で繰り広げられていた戦い。

窓から見える景色は見たことがある風景のはずなのに、どこか今までと違っているように思えた。

見る人によって、世界は色を変える。形を変える。僕を包み込む世界は、今朝までとは違っているように思えた。

僕はため息を吐きながら、空を見上げた。まだ僅かに陽の名残りが蒼さを残している空は、いつもより深みを増して見えた。


「着いたよー。へーじ君、今日はお疲れ様。次の研修日程が決まったらまた連絡するからね」

黒はそれだけ言うと、さっさと車を発進させてしまった。

僕は黒の車が角を曲がって見えなくなるまで、何となく見送っていた。

"何やってるんだ平ちゃん。早く家に入ろうよ"

「………」

やっぱり月はそこにいた。

当然のように、そこにいた。



"平ちゃん疲れてないか?大丈夫か?"

「ああ、うん。大丈夫だよ」

友達と呼べる人間はいない。

何か打ち込んでいるものがあるわけでもない。

そんな僕の休日は、基本的に暇だった。生活していく上でやるべきことをやってしまえば、後は特に予定は無い。

そのような休日を送っていたせいか、今日みたいな予定のある休日は、実に久方ぶりと言えた。

「明日月曜日かー」

あり合わせのもので作った夕食を口に運びながら、つい口をついて出てしまった。

月には大丈夫だと言ったものの、正直疲労困憊だった。

新しい人間関係に、新しく得た知識。イカスモノ陣営に所属してしまった僕の、今後の生活。考えなければならないことは山積みだった。

まあ、でも、とりあえず…疲れた。

早く風呂にでも入って、布団で寝てしまいたかった。

「月、僕が洗い物やるから先にシャワー浴びてきちゃいなよ」

"おぉ…そういうセリフはいざ言われてみると、中々にドキドキするなあ…"

僕はもう突っ込むのも億劫になり、無言で洗い物を始めた。


洗い物を終えた僕は、ソファーに体を預けた。途端に、気だるさが体を襲った。

寝床、どうしようか。いつまでもソファーで寝るのも辛いしなあ。

突然過ぎる。何の準備もしていないのだ。

そもそも一人暮らしを想定して建造されているであろうこの部屋に、二人で暮らすのは少々手狭というものだろう。



「…月?」

ぼんやりとした意識の中で、ゴソゴソと何かやっている月の姿が映った。

「っておい、何やってんだよ!」

眠気から一気に覚醒した僕は、慌てて飛び起きた。

"平ちゃん、上がったか。疲れたろうから、もう寝ようか"

「つつ月、ベッド使っていいって」

ソファーに無理やり潜り込もうとしていた月に、僕は慌てて飛び起きて言った。

"ベッドは交代で使おう。もちろん平ちゃんが一緒に寝てくれるというのならこの提案は全く必要ないんだけど"

「いや、でもさ」

たいして大きくもないソファーの上。思わず後ずさったが、すぐに端まで到達してしまう。

"私たちは仲間だ。これからたくさん大変なことを乗り越えていかないといけないんだぞ。こんな事でいちいち躓いている場合じゃないんだ"

「いや、でもさ」

確かに、そうかもしれない。そうかもしれないけどでも

"平ちゃん、ちょっと意識しすぎているんじゃないのか?まったく、いやらしいな。このどえろ"

「ちがう」

"本当にそうかな?じゃあ証明して見せてくれ"

そう言うが早いか、月がにじり寄ってきた。

ぐい

"あん"

反射的に僕の手が伸び、月のほっぺたを強引に押しのける。

僕はついに折れることにした。

「わかった、ベッドは交代で使おう。…悪いけど、もう寝るよ。今日は本当に疲れた」

僕はベッドに横たわると、すぐに眠気が押し寄せてきた。

"おやすみ"

月が明かりを消し暗闇があたりを覆うと、僕の意識はすぐに溶け出した。


明日から、新しい日々が始まる。

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