300年を生きて
登場人物紹介
平次…主人公。高校生。研修が終わった。
彩雪…イカスモノ。パッと見、刀。
柊…彩雪のパートナー。刀をふた振り帯刀している。
「それでは、新たに我々の仲間になったへーじ君の門出を祝しまして、乾杯!」
グラスがぶつかり合う独特の音が周囲に響く。
そんな黒の挨拶で始まったのは、僕の歓迎会だった。
基地の中には、どうやら様々な施設があるらしい。歓迎会が始まった場所は、バーのような場所だった。カウンター席があり、向かいには様々な種類の酒が置いてある。後ろにはこじんまりとしたテーブルと椅子が何対か置かれていた。
もちろん僕はバーになど行ける年齢ではないので漠然としたイメージしか持っていなかったのだが、この空間はバーという空間に対するイメージを具現化したような場所だった。
自分のための歓迎会なんて開かれたことのない僕は何だかむず痒い気持ちだったが、取り敢えず烏龍茶で乾杯した。
「よお、飲んでるかい」
しばらく他のメンバーと話して少し気疲れを感じた僕が一人カウンター席に座っていると、柊さんが話しかけてきた。
「はい、いただいてます。…といっても僕のは烏龍茶ですけど」
「はは、酒なんざこれからいくらでも飲むようになるんだ。飲まないでいられるうちはそれに越したことはねぇよ」
そう言うと柊さんは隣に座り、手に持っていたグラスの中身を一口飲んだ。
落ち着いた動作で振舞う柊さんはスーツ姿という出で立ちのせいもあってか、この空間に溶け込んでいるように思えた。…帯刀していることを除けば。
「柊さんっておいくつなんですか?」
「ん、歳か?あー、いくつだったかなぁ…」
外見年齢からすると30代前半ぐらいに見受けられる。
ある程度の年齢を越えると自分の年齢カウントが曖昧になるというが、柊さんもその類の現象に陥っているのだろうか。
学生であれば自分の学年で容易に年齢を判断することができるが、学生期間を終えると年齢を瞬時に判断し辛いのかもしれない。
「確か300歳とちょっとぐらいじゃなかったかな」
「さん………はい?」
「ん、なんの掛け声だ?」
「いや、別にタイミング合わせたいわけじゃなくて…え……300!?」
「そうだよ。…あぁ、まあその反応も当然っちゃ当然か。俺は結構この業界長いんだよ」
学生期間云々の問題ではない。300年も生きていれば、そりゃあ年齢ぐらいどうでもよくなるのかもしれない。
「落ち着いたかい」
「は、はい…すみません」
落ち着いたかと言われると微妙なところだったが。
しかし300歳と言われれば、刀を使うのも納得できるような気がする。この人もしかしたら、現存する唯一の侍なんじゃないだろうか。
僕は残っていた烏龍茶を一口飲んで、深呼吸した。氷の山が乾いた音を立てて崩れる。
「イカスモノはその…長生きなんですか?」
「いや、そういうわけでもないねぇ。むしろ戦いの中で死んじまう奴も多いし、どちらかと言うと平均寿命的には短いんじゃないか。…俺と彩雪はちょっと特別でね。イカスモノがまだ魔狩と呼ばれていた時代からこんな事やってる」
「マガリ?」
「『魔』を『狩』る。魔狩だよ。そう呼ばれなくなってもう長いけどな。見ての通り、俺と彩雪の関係は、普通のイカスモノのそれとはちょっと違うだろう?俺たちがずっと現役やってられるのはその辺りのおかげだったりするんだよ………え、この状況に感謝してるのかって?そいつはどうだろうなぁ。まあお前とこんなにも長い時を過ごせるのは悪くはないと思ってるんだぜ」
後半は彩雪さんと話しているのだろうか。僕と月のように、テレパシーのようなもので会話出来ているのかもしれない。
柊さんと彩雪さんが普通の関係でないのは、見ての通りだった。彩雪さんを『刀』扱いしてしまい、柊さんの逆鱗に触れてしまいかけたのは記憶に新しい。
「ま、その辺りの話は別にいいか。これからよろしくな、平次」
柊さんはグラスに残っていた液体を飲み干すと、立ち上がった。
「はい、よろしくお願いします」
正直柊さんと彩雪さんの関係は気にならないでもなかったが、この場で聞くことでもないだろう。
「ああ、そうだ。平次、俺のチームで動くならこれだけは守れ。基本的に自由なチームである雪月花の、唯一のルールだ」
出入口前で、柊さんは足を止めた。
「はい」
「死ぬんじゃねぇ。いいな」
つい最近破った奴がいやがったがな…
そんな呟きを置き去りに、柊さんはバーを後にした。




