波風立たない自己紹介
黒について入った部屋は、つい先ほどまで実技研修を行っていた部屋とほぼ同じ内装だった。
「はい、それでは転校生を紹介するよー」
黒のくだらないジョークを流しつつ、僕は少し緊張しながら教壇の前に立った。慣れない人前のせいか、つい目線が下がってしまう。
「新しくつっきーのパートナーになったへーじ君だ。まだわからないことだらけだと思うから、色々教えてあげてね。じゃあへーじ君、自己紹介を」
きた、自己紹介。
新年度が始まり、新しいクラスでの学期がスタートした時なんかにみんなの前でやる、あれ。
転校生が登校する初日なんかに、みんなの前でやる、あれ。
僕は自己紹介というものが、大の苦手だった。
この手の自己紹介は、基本的に一対多数である。初対面の集団に対して紹介する事項としては、どこまでを伝えるのがベストなんだろう。名前→趣味→よろしくお願いします…ぐらいのものだろうか。深くを語りすぎるのも良くないだろうし、簡易的すぎるのも記憶に残らない。
高校に入学して初めて振り分けられたクラスで自己紹介をやらされたが、その時の事はあまり参考にならないだろう。家族を失った事件の余熱冷めやらぬ中ですべてがどうでもよくなっていた僕は、ぺこりと首だけ下げると、着席したのだ。
ざわめきとともに教室の空気は何とも表現し難い者となり、もちろんそんな空気を作り出した元凶である僕に話しかけようなんてクラスメイトは皆無だった。
思えばその時点で、高校生活での僕の立ち位置は決定したようなものだった。
人によっては上手に笑いを取って、後の学生生活に有利に繋げられる者もいるのだろう。
しかし、そんなスキルなど持ち合わせていない者にとっては、それは難しい。
そんなスキルなど持ち合わせていない者の一人である僕としては、結局無難に自己紹介を終えることを目指すことになるのだ。
なにしろ、下手なことを言えば今後の日常生活に悪影響を及ぼすことは必至だ。無難に。波風立てず。
「はじめまして、新しく月のパートナーになった平次でs」
「よーお、新人。破壊号倒せたんだって?思ったよりやるじゃねぇか」
僕の自己紹介は最初のセンテンスを言い終える事すらできなかった。
聞き覚えのある声に、さらに聞き覚えのある低血圧な声が反論する。
「倒されてなどいるものか。これからという時に邪魔さえ入らなければ…」
「博士、邪魔って誰のことですか?」
「いや、違くて、邪魔ってわけじゃないんだけど…」
またも聞き覚えのある落ち着いた声に、低血圧は狼狽したように黙ってしまう。
僕はゆっくりと目線を上げると、いくつか見覚えのある顔を確認することができた。
鑢子博士に静さん。加えて休憩時間に僕に絡んできた男子。
「ははー、みんなだめじゃない。せっかくへーじ君が自己紹介してくれてるのにさぁ…まぁ、いっか。ではへーじ君、君に辞令を言い渡すよ」
「は、はい」
どうやら僕の自己紹介タイムは終わってしまったらしい。結構緊張したものだが、終わってみるとあっけないものだった。
「君には今後、チーム雪月花の一員として任務にあたってもらう。それでは、いかれたメンバーを紹介するよー」




