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イカシコロス  作者: 小雨
第一章 逸脱した彼の話
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生の隣人

登場人物紹介

平次…主人公。現在研修中。昼食は生姜焼き定食。

奈月…平次の研修に付き添い中。昼食は竜田揚げ定食。

静…乱子の双子の妹。

乱子…月の前のパートナー。平次を助けた後、死亡。

"静!"

竜田揚げを頬張っていた月が勢いよく立ち上がった。

「久しぶりだね月」

静と呼ばれた女性は月の頭をポンポンと叩いて静かに微笑むと、隣のテーブルから椅子を持ってきて座った。

僕は自分のトレイを寄せ、静と呼ばれた女性のスペースを作った。

悪いね、と申し訳なさそうな表情を作り、女性はそこに自らの昼食を置いた。

月はその様子を嬉しそうに見ていたが、やがて僕がいることを思い出したように彼女を紹介した。

"平ちゃん、この人は静。その…"

若干言いづらそうに口ごもったあと、月は続けた。

"私の前のパートナー…乱子の妹にあたる人だ"

僕は改めて目の前の女性を見た。第一印象としては、落ち着いた雰囲気。波紋一つない水面のイメージ。

僕は少し、本当に少ししか会ったことがないが、乱子さんはどちらかというと燃え上がる炎のような雰囲気だった。随分対照的な姉妹だと感じる。

"その…静…乱子の事なんだけど…"

若干言いづらそうに月が口を開くと、静は静かに首を振った。

「わかってるよ、月。何も言わなくていい」

"うん…"

月は申し訳なさそうな笑顔を浮かべると、席に腰掛けた。

そのままお皿に残っていた野菜を片付けると、おかわりを取りに行ってしまった。


静さんと二人残される。途端、僕は嫌な汗が流れるのを感じた。

初対面の、物静かな雰囲気の女性である。果たして何を話せばよいのやら…

「初めまして、平次君」

「は、はい!」

まさか話題を振ってくれるとは思わなかったので、僕の声は上ずっていたことだろう。

あれ、そういえば僕自己紹介したっけ?

僕はその疑問を、そのまま静さんに投げてみた。

「君は思っているより有名人だよ。これから最前線で戦うことになるわけだからね。ここにいる人たちは、言わば君たちイカスモノを活かす為に日夜働いていると言ってもいいくらいだ」

「はぁ…」

未だにあまり実感として掴むことができない僕がいた。午前中に受けた研修だけでは、組織の規模も戦いのスケールも、今ひとつ理解しきれていない。

「その様子ではまだ余り実感できていないようだな、自身の置かれている立ち位置というものを」


ぞくり


全身を悪寒が走り抜ける。血液が氷水と入れ替わってしまったかのような感覚。

次の瞬間、僕の首は胴体から離れ、ゆっくりと落下していく。ゆっくりと落下していく僕の視界は、微塵に切り刻まれている自身の体を目にして…



我に返る。

恐る恐る、首に手をやる。

………ちゃんと付いている。体にも異常は見受けられない。全身にびっしょりと汗をかいていること以外は。

「生きている限り、死はいつも隣に佇んでいる」

静さんが口を開いた。

「人間は脆い。あっけなく死ぬ。この組織にいる以上、その確率は常人とは比べ物にならないくらいに跳ね上がっている」

自分の立ち位置に実感が持てない、そんな思いを吹き飛ばすような鮮烈な死。静さんが僕に叩きつけて来たのはそんなイメージだった。

「望んでそうなったのではもちろんないのだろうが、君はそういう世界に足を踏み入れたんだ。そしてもう、引き返せはしない。認識を改めるんだ。君の世界は変わった。君が住んでいた世界は、最早存在しない」

僕は何も言うことができなかった。

「乱子の話をしようとした時、月は謝らなかっただろう。月も私も、ここに居るものは皆覚悟をしているんだよ」


「喋りすぎた…すまないな」

そう言う静さんは、自分でも少し戸惑っているような顔で苦笑した。


「喋りすぎついでにもう一つだけ言わせてくれ」

静さんは、静かに頭を下げながら言った。

「…姉さんを看取ってくれて、ありがとう」

「―――あ」

月を救ってくれと僕に頼み、その僕を救うために最後の力を使い果たした月の前のパートナー。目の前の女性はほんの一瞬、ものすごく悲しそうな顔で小さく笑った。

「月を頼むよ」

そう言う静さんの水面は、再び波一つ無い静かで穏やかなそれに戻っていた。

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