常識の再構築
登場人物紹介
平次…主人公。高校生。現在研修中。
奈月…平次の研修に付き添い中。食いしん坊。
黒…平次の研修を実施中。弁当男子。
昼休みのチャイムを聞くなり、月は立ち上がった。
「ははー、全くつっきーは食いしん坊さんだなぁ。へーじ君、お弁当的なもの持ってきてないよね?食堂があるから、つっきーに案内してもらうといいよ。僕はお弁当があるから、自席で食べるから。一緒に食べられなくてごめんねー」
お昼休憩は一時間ねーと言い残すと、黒は教室を後にした。
"行こう平ちゃん、お昼だ!"
月は僕の袖を引っ張りながら急かすように言った。
考えてみれば、朝一番で黒が迎えに来たせいで今日は何も食べていなかった。思い出したように、僕のお腹は急に空腹を訴え始めた。
半ば月に引きずられるようにして、僕は教室を出た。
殺風景な廊下を二人ならんで歩き、食堂に向かう。
"階段でいいよね"
月はそう言うと、階段を下り始めた。踊り場を経由して、階下へ向かう。
降り立ったフロアは、壁から床から白色で統一されていた。長く見える廊下は人っ子一人いない。歩を進めるたびに僕と月の靴音が反響するようだった。
歩いていて思ったが、どうやらこの秘密基地は中々広いらしい。階段はさらに下の階にも続いていたし、ここまで歩いてきて誰ともすれ違っていない。単に人がいないのか、人数の割に広すぎるのか、それともこの階には特に人がいないのか、今のところ判断がつかなかった。
お昼時だというのに、食堂には人影がまばらだった。黙々と食べている者、少人数のグループで食事をしている者。食事風景はそれほど珍しいものではなかった。
僕はオーソドックスな生姜焼き定食、月は瑞々しい野菜の上にどっかりと竜田揚げを乗せたものを注文した。
二人がけのテーブルに席を構えると、いただきますの合図とともに僕たちは箸を進めた。
"常識が崩れ去るような体験をしたことがあるかい?"
定食をもぐもぐと頬張る月の声が脳内に響いた。
食べながらしゃべるなんてお行儀の悪い…などと一瞬思ったが、それは無用の進言だろう。テレパシーとは結構便利なものだ。
常識が崩れ去るような…。さすがに高校生にもなれば、この世界の常識は朧げながらでも解っている年齢でなければならないとは思う。思うがしかし、今の僕にはそんなこととても言えなかった。
「僕の常識は現在進行形で再構築されてるよ」
全く、世の中というのは不思議に満ちていると言わざるを得ない。僕がここ数日で体験したことは、今までの僕の世界に対する認識を叩き壊した。今なら何があっても受け入れられるような気がする。
例えば妖怪変化の類が実在すると言われれば納得してしまうだろうし、実はこの世界が水槽の中の脳が見ている幻覚なんだよ、と言われれば特に疑いもせず受け入れてしまうかもしれない。
常識が崩れ去るとまではいかないまでも、小さな無知は日常にも満ち満ちているように思う。あまりに身近すぎて疑問にすらしないものも、その一例だ。空はなぜ青いか。海の水はなぜ塩辛いか。地面をひたすら掘り進んだらどうなるか。
「ご一緒していいかい?」
女性の声が僕の思考を中断させた。




