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イカシコロス  作者: 小雨
第一章 逸脱した彼の話
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日常茶飯なナイトメア

登場人物紹介

平次…主人公。高校生。最近奈月のパートナーになった。

奈月…イカスモノ。平次と同居が決定。

少々眩しすぎるとも思えるスポットライトが、僕の家族が座っている真っ白なソファーを浮き上がらせるように照らしている。

僕は遠くからそれを見ていた。

靴音を響かせながらそいつは現れる。ソファーの前まで来ると、靴音は止まった。

そいつはいつものように、ルーチンワークをこなしていく。丁寧に、丁寧に。

後ろ姿しか見えないが、その動作は流れるように洗練されていて無駄がない動きだった。


くちゅくちゅ


ごりゅ


ぐちゃ


ぽんっ


訳のわからない音と共に、ソファーは徐々に赤く染まっていく。僕はそれを見て、喉が破れんばかりに悲鳴をあげる。

だけど僕の声は届かない。僕の体はそこにはない。

だけど目をそらすことはできない。僕の体はそこにはない。

凄惨なルーチンワークを終えたそいつが狂ったような笑い声をあげる中で、僕は絶叫とともに目を覚ますのだった。



自分の絶叫で目を覚ます。衣服は汗でぐしょぐしょになっていた。

僕の鼓動は早鐘のように鳴っていたが、夢と現実の境目がはっきりしてくるにつれ落ち着きを取り戻す。

夢だ。いつもの夢。

「………いい加減にしてほしいわ…」

窓からは朝日が差し込んできていた。どうやらもう太陽が昇る時間らしい。

「今日は…土曜日…だよな、うん」

気分は最悪だった。肉体的にというより、精神的に疲れていた。気怠い感覚が襲っている。

かといってもう一眠りする気にはとてもなれず起きようと思ったとき、右手が柔らかな物に触れた。

僕は驚いて手を引っ込め、さらに驚いた。隣で女の子が寝ている。

「………」

くそう。こっちは夢ではなかったのか。



「で、奈月さんはなんでまだいるの?」

「」

目の前の女の子は、無言でパンにかぶりついていた。

僕はため息を吐きながら言い直した。

「…月は、なんでまだいるの?」

"昨日説明したじゃないか。忘れてしまったのか?あぁ、それともまだ寝ぼけているのかな?平ちゃんもしかして低血圧?"

ということは、昨日月から聞いたことは、聞き間違いではなかったということだろう。

「百歩譲ってだよ」

僕は、なるべくうんざりしている事が相手に伝わるように意識しながら言った。

「僕はそれでもいいとするけど、月は嫌じゃないのか?全然知らない男と二人きりの生活なんてさ」

"なんだ、そんな事を気にしていたのか。私は平ちゃんのパートナーだぞ?何も気を使うことなどあるわけがないだろうが。…それにしてもこのパンおいしいな。今まで食べた中で一番かも"

満足気な月の声が頭に響いた。

「あ、本当?それ結構自信作なんだよ。ちゃんと膨らませるのに苦労してさぁ」

"もしかしてこのパン平ちゃんが作ったのか!これから毎日おいしい料理が食べられると思うとよだれが止まらないな"

料理を褒められた事でつい嬉しくなってしまったが、月はすでに居候する事を確定させてしまったようだった。

「…今更なんだけど、この頭の中に響いてくるのはなんなの?」

不思議な感覚だった。頭の中に直接響いているのに、声音までしっかりと認識できている。

月は驚いたように言った。

"これは私の声だよ。今まで誰としゃべっているつもりだったのだい?"

「そういう意味じゃねーよ!」

"ごめんなさい、ちょっとからかってしまいました"

「…いや、いいけどさ」

素直に謝られると、どうも調子が狂ってしまう。。

"昨日黒が言ったと思うが、私と君とはすでに契約関係にある。これはその副産物のようなものだ。君も慣れればできるようになるだろう"

「僕からも月に発信できるってこと?」

"あぁ、そうだ。念のため言っておくが、このやりとりは周囲には聞こえないからな。周囲に聞かれたくないやり取りをしたいときには便利だ。そうだな、例えば平ちゃんが誰にも知られずにえっちな言葉を私に囁き続ける、なんてこともできる"

「しねぇよ!」

"ごめんなさい、ちょっとからかってしまいました"

「…いや、いいけどさ」

驚きだ。まさか僕にもできるようになっているとは。

「でも、とりあえず普通に話してくれないか?何もわざわざ日常会話までテレパシーですることないだろ」

僕の言葉に、月は一瞬戸惑ったようだが、すぐに調子を取り戻して言った。

"…そうだな、平ちゃんは私のパートナーだ。包み隠さず話していかなければなるまいな"

そう言うと、月はおもむろにマフラーを外し始めた。

次第にその細い首が顕になっていく。なっていくにつれて、僕は息を飲んだ。

月の首には、大きな傷跡があった。それが暴力によって付けられたものであることは、なんとなく想像できた。

"ご覧のとおりだ。私は声を発することができない"

「…ごめん」

月は僕を見ながら言った。その傷は、本来そこにあったはずのものまで毟り取っていってしまったのだろう。自分の無神経さに腹が立った。

"なぜ謝るのだ?別に君にやられたわけではないし、気に止む必要などないぞ。さぁ、私は包み隠さず見せたんだ。次は平ちゃんの番だからな"

「…え?」

月の言っている意味が分からず、僕は間の抜けた返事を返した。

"え、じゃないよ。君の秘密を教えておくれよ。私が普段人に見せないところをさらけだしたんだ、君だけ無事でいようたってそうはいかない"

月がニヤリと笑いながらにじり寄ってきた。

「月、パンをたくさんあげよう」

"パンはもちろんいただこう。そして君の話も聞かせてもらう。私は甘くないよ?"

僕は後ずさりしながら言ったが、話をそらすことは出来なかった。

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