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第八章 追憶からの解放 在りし日
毎朝、日の登る前から始まるマリッサとの剣の稽古。
それは、キリアにとって掛け替えの無い時間だった。
レガリオン王国に数ある騎士団の中でも、勇猛果敢なことで知られるヴァルリア騎士団。
その猛者たちを率いるマリッサはまだ若い女性だった。
年の頃は二十代後半。
黒く艶やかな長い髪に整った顔立ち。
華奢ではあるが頼りないほどではない身体つき。
しかし、その人を目の前にすると漂う独特の雰囲気に息を呑む。
それは、長く戦場に身を置いてきた者だけが放つ特別な風格。
それは、血統、家格、地位だけではないその人が持つ生来の品格。
建国以来、レガリオン王国の宰相を務めるディオン家の長姉は、その家柄に自惚れる事なく常に万事に切磋琢磨を忘れない人だった。
その為か、マリッサの前では王宮の高官ですら思わず襟を正す。
そんな姉の事をキリアは誇りに思っていた。
「姉上、私はもうしばらくここで剣の練習をしています」
汗を拭いながらもう一度剣を手に取り構えた。
「そうか、私はこれか騎士団の訓練に向かう。しっかり精進しなさい」
優しい微笑みを浮かべながら、さっと身を翻し颯爽とその場を後にした。