第一章 始まりの出会い 廃墟の教会
太陽は次の世界へと旅立ち、淡い月の光が地上を照らし出す頃。
辺境カーナのさらに南、誰からも忘れられ廃墟と化した教会の前……。
男は苦々しく思いながら、そっと背中に手を伸ばし剣の柄を握り締める。
視線の先……そこには、強い殺意を漂わせながら剣を構える三人の男がいる。
一人は、白髪混じりの口髭を生やし、鋭い視線は幾重もの死線を潜り抜けた歴戦の戦士を思わせるものがある。
その男を中央に添えて、左右に同じ距離を置きつつ取り囲むように構えるのは、まだ若い青年だった。
三人とも、簡素な鎧に身を包み安物の剣を手に握り、口髭を生やしたその容貌は一見すると流れ者の傭兵か盗賊のように見える。
しかし、男は分かっていた。
その剣の構えと身のこなし……それは隠しても隠しきれない。
叙勲を受けた騎士のものだ。
……身分を隠すための変装
相当に訓練をされ、実戦経験を積んだ本物の剣。
そして、男にはこの者たちの主人に心当たりがある。
「お前たち、ラティーカ家に仕える騎士か……」
静まりかえる風景……返事はない。
しかし、先ほどよりも殺意の濃度が濃くなった。
眉間にしわが寄り、両隣に展開する青年の呼吸が荒くなる。
まるで、狼のように統制の取れた歩調で徐々に間合いを詰め始める。
「王家の番犬が、こんな辺境まで俺を殺しに来たのか?」
そこには、嘲笑にも似た哀れみが浮かぶ。
しかし、男には目の前の敵に自分の首を与える気はない。
掌に力が篭もる。
手に纏わり付くような冷たい感覚。
三人は、思わず息を呑んだ。
まるで、背中から引き抜くように持ち上げた物は、刀剣というにはあまりにも荒っぽい物だった。
長い柄も入れれば、二メートルはあろうかというその巨剣は、刀とは名ばかりの鈍い光を放つ鉄の塊だった。
しかし、いち早く気を取り戻したリーダー格の男が、二人に言葉を発した。
やがて、落ち着きを取り戻した三人は、再び男を取り囲むようにけん制する。
それをジロリと見回す男。
今にも斬りかかろうとする青年を目で威圧する。
男の並々ならぬ技量は、リーダー格の男と高度な心理戦へと入り込む。
男は、古びた旅装を纏った旅人のように見える。
無駄の無い鍛え上げられた体つきは、戦場で育んだのだろう。
それを覆う革製の衣服越しにも、男の戦士としての質の高さが容易に想像できる。
年の頃は二十代の後半に差し掛かった円熟期。
職業は、察するに主君を持たずに、戦場を渡り歩く傭兵業だろう。
風が吹き止むほどの静けさ。
巨剣の刃が届く一歩手前に距離を置き、ジリジリと男の間合いを削り取る。
極限状態では、より慎重に相手の動きを見極めろ。
この理を破ったほうに、死神はその鎌を振り下ろすだろう。
ジリジリと焦らすように時間だけが過ぎていく。
しかし、凍りついたような時は、突然に終わりを告げた。
青年が、締め上げるような圧迫感に耐えられなくなったのだ。
制止する仲間の声を無視して、気合とともに、剣を頭上高く掲げて斬り掛かったのだ。
気合は悲鳴へと変わり木霊す。
向かい来る刃先を完全に見切った男は、紙一重の差でかわし際に両手に握った巨大な剣で刺客を薙いだ。
鮮血が宙に舞う。
斬るというにはあまりにも衝撃的な一撃は、刺客の男を物言わぬ肉塊へと誘った。
それは、斬るというよりも破壊するという表現の方が正しいだろう。
対城戦用の砲火器のような威力は、この超重量の剣に、鍛え上げられた男の並々ならぬ力が重なったときに初めて生み出せる破壊の力だろう。
戦慄という言葉では生ぬるい。
仲間の想像を絶する死に、もう一人の青年の心は乱れた。
激しい焦燥に駆られた青年は、無謀にも剣を水平に構えて走り出す。
男の胸に目掛けて突き立てようとした切っ先。
しかし、直線的で単純な攻撃を男が受けるはずもない。
まるで、ステップを踏むように横に交わす間際に、巨剣がその鈍い閃光を走らす。
高速で振り抜かれた鉄塊の前に、鉄製の鎧は意味を成さない。
まるで、紙くずのように拉げた鎧がその衝撃を物語る。
残された熟練の戦士は、唸り声を上げる。
今一度、男と距離を置くように後方に下がると正眼に剣を構えた。
重苦しい空気の中、漂うのはむせ返るような血の香り。
荒れ果てた教会が、この世の終わりを思わせる。
巨剣を両手で支える男は、さながら戦場で死を振り撒く残酷な神の姿に見えた。
頬を伝う冷たい汗……冷静を装うほどに鼓動は激しくなる。
この場を逃げ出したい気持ちと、主君の命に背くことの出来ない騎士の誇り。
険しい葛藤の末、意を決して男の懐に飛び込んだ。
刃に付いた血糊を拭い、再びその背に巨剣を背負う男。
足元には、三体の物言わぬ亡骸が無残にも折り重なる。
三人の死者に、祈りの言葉を残して男はその場を去ろうとした。
思えば、終始隙がなかった男にとって、唯一の油断がこのときに生じたのだ。