第五章 揺らぐ王国 七貴族議会
「国民が暴動を起こせば、近衛騎士団を出動させればよいのでは?」
近衛騎士団総司令官を務めるアンダーソン公爵は、煩わしそうな表情で言った。
レナード・ロゼ・ホーキンは、その職務上から他の誰よりも忍耐強くあるように心がけていた。
それは、王国の内政や他国との外交といった政務から、自身が統括するホーキンというあまりにも多くの豪族を門下に従える大貴族の一族の長としての責務を全うするにあたり自身の感情に振り回されず客観的な視点から物事を判断するためである。
「くれぐれもそのような事が無いようにお願いします。アンダーソン卿には近衛騎士団の総司令官として多大なご活躍を期待しております。しかし、それはあくまで他国に対して。国民の暴動に近衛騎士団を出動するような事は絶対にあってはなりません」
「なぜです?」
アンダーソン公爵は不思議そうな表情で問う。
しかし、それにはさすがにホーキン卿の自慢の忍耐力も限度を超えた。
「貴殿は、国民に近衛騎士団を差し向けるという事がどういう事なのか理解しているのか! それは、すなわち王国が内乱状態だという事を他国に触れ回る事になるのだぞ」
普段温厚なホーキン卿の、あまりに厳しい剣幕に息を呑む。
静まり返る議場。
やがて、一人の老齢の出席者が重い口を開いた。
「ホーキン卿申し訳ない。卿が議会に出席できていない間、私が取り仕切らねばならなかったのだが……」
言葉の主は七貴族議会副議長モーガン・フォーロンだった。
七貴族議員の中で唯一、レナード・ロゼ・ホーキンが信頼している男である。
ホーキン公爵に次ぐ大貴族であるモーガン・フォーロンは、その高潔な人柄と優れた武功から先代の国王からも重宝されていた。
「いいえ……私も、取り乱してしまい申し訳ありません」
ホーキンがそうであるように、フォーロンも自身が抱える多くの門下の豪族たちを統制する義務がある。
それは生半可なことではない。
まして、高齢のフォーロンに何度も王宮を訪問させるのは無理な話なのだ。
「議会を再開いたします」
それから、現状の改善と今後の対策が話し合われた。
「では、今回我々が取りまとめたこの議案は、元老議会に審議して頂くよう申し入れておきます」
長く続いた会議が終わり、薄っすらと疲労の色が滲むホーキン卿は書類を片手に部屋を後にしようとした時だった。
「時に、ホーキン卿。以前に話しておられた王位継承の件はどうなされた?」
フォーロンが、声を抑えながら問いかけてきた。
「えぇ、その件に関しては明後日、元老院の方々にご紹介する予定です」