第五章 揺らぐ王国 混乱の序章
「唯一絶対なる教えの下、全ての人々は神の御名を唱えよ。されば、尊き理想郷に招かれるだろう」
壮年の修道士が、聖典の一説を暗唱する。
「唯一絶対なる教えの下、全ての人々は神の御名を唱えよ。されば、尊き理想郷に招かれるだろう」
その場に集う全ての人々がその言葉に続く。
毎朝開かれる祈りの時間。
サン・フォーレスト修道院の聖堂が静かな空気に満たされる。
一時間あまりの礼拝が終わり、修道士たちが自分の仕事場に進む中、一人の青年が呼び止められた。
「礼拝に出てくるとは良い心掛けだ」
修道院長アルチナは感心した様子で話しかける。
「お前は、教会の信者ではないだろう」
試すような口調で問いかける。
「世話になっている以上は規則に従うさ」
朗らかな表情でキリアは答えた。
「……時に、王女はどうしている?」
「しばらくは、そっとしておいた方がいいでしょう。この一年、あまりにも多くのショックを受けて弱っていた心に、あの事実は……」
首を横に振りながらキリアは答えた。
今まで、存在すら知らなかった妹の存在。
その衝撃は想像を絶しただろう。
「だが、あまり悠長に構えてもいられないぞ」
険しい表情のアルチナ。
「何かあったのですか?」
「……いや」
珍しく、歯切れの悪い返答をする。
「……続きは私の部屋で」
そう言うと、二人は聖堂を後にした。