序章 眠りの王
徐々にやせ細る国王。
エディーネは、自分の無力さを呪わない日は無かった。
父王の急な死去にともない、まだ若い弟にこの国の全ての責務を背負わせる事となったあの日以来、エディーネも王女として精力的に活動してきた。
王に代わり、領主の争いに介入することも、市井で起こるあらゆる問題を解決することも、少しでも負担を減らせればと考え走り回った。
しかし、エディーネの想像以上に国王に襲い掛かる責務は重かったのだろう。
「エルミダ、陛下にお変わりは?」
静かに目を瞑り、左右に首を振る。
「未だに原因すら分かりません。王都でも名の知れた多くの医師に診断させましたが……」
聞くまでも無く分かりきっていた事だが、それでも口に出してしまう。
意識の無いユーリ陛下に一礼をして、静かに寝室を後にしようとした時だった。
「エディーネさま」
扉の前で恭しく頭を下げる一人の男性。
高官にのみ着用を許された黒の下地に紫のラインの入った裾の長い高価な文官服を着用している。
長身痩躯で、五十に近い年齢にもかかわらず、整った美しい容姿に黒々とした艶やかな髪。
落ち着いた物腰に、優雅ともいえるその振る舞いは好印象を受ける。
国王が療養に入ってからも、この国が乱れなかったのはひとえに、この男のその優れた政治手腕と幅広い人脈があったからだろう。
「これはホーキン卿」
エディーネも姿勢を整えて一礼をする。
レナード・ロゼ・ホーキンは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「ホーキン卿、その者は?」
視線の先に、一人の男が立っていた。
小柄で、どこか陰湿な印象を受ける真っ黒な衣服は怪しげな呪術師のように見える。
「この者は、私が南方の都市を視察に行ったおりに、とある村で医療に順じていた者でして。その腕を見込んで私が連れてまいりました」
それだけを言うと、恭しく一礼をして二人は寝室へと歩を進めた。