第三章 黒い使徒 変わらない大きな手
かつて、これほど短時間のうちに息を切らした覚えはない。
額には大粒の汗が光る。
このままでは、体力の限界を迎えるのも時間の問題だ。
否応無しに、険しい表情になる。
何度か、相手の攻撃を受け止めた時だった。
「?!」
思わず舌打ちが漏れる。
幾度も、エディーネの命を救ってきた細剣がついにその刀身に限界を超えたのだ。
剣先が、暗闇の中を舞う。
これまでに無いほどの窮地を迎えた。
振りかぶったその小剣の中に、絶対的な死が見える。
不思議と、眼を逸らすことは出来なかった。
どこか、安堵にも似た奇妙な感情が自分の中に存在することに驚く。
ようやく、この先の見えない逃亡生活が終わりを告げようとしている。
もう、誰かに狙われながら過ごす、悪夢のような生活を終わらせられる。
目の前に迫る剣先を見つめながら、肩の力が抜けそうになったときだった。
「エディーネ!」
遠くに聞こえる力強い声。
見ず知らずの……薄汚れた旅装を纏い、何一つ恩を返すことの出来ない私に、命を賭けてまで付き添ってくれた。
酔狂にも、大国に狙われた非力な私に、惜しみなく助力してくれた存在。
そう……。
「キリア!」
心の底から、絞り出したような叫び。